見出し画像

短編 移り香

「良いお年をお迎えください」
私のカットを担当してくれたエミさんがドアを開けてくれながら見送ってくれた。
クリスマスイブ前日の夜。
エミさんはトナカイの角がついたカチューシャを付けていた。
どこか浮ついた冬の街。

今日私は長年伸ばしていたロングヘアを思いっきり短く切ってしまった。
刈り上げてはないけれど、耳も全部出るくらいのベリーショート。
漆黒だった髪の色は明るい茶色に染めてもらった。

気持ちを切り替えたかった。
私にとってはやっぱり痛い失恋だったのだ。

アイツと別れたのは去年の冬。
別れた時にはせいせいしてた。
最初はアイツの方がすごく落ち込んでいたから、ちょっとだけざまぁ見ろなんて思っていた。

だけどその時小さなと思っていた心の傷は思いのほか深かった。
かさぶたもできていないままここまできてしまっていた。

一昨日、アイツは年下の子と婚約したと聞いた。
年末年始は彼女の実家にあいさつに行くらしい。
私にはもうどうでもいいことなのになぜか心がザワついた。
こんな気持ちを引きずったままじゃ嫌だと思った。

だから私は髪を切ることにした。
つまらないプライドが邪魔をしたから、失恋の傷を癒すためなんて言えなくて
クリスマスに病気の子どもたちへプレゼントしたいからという理由でヘアドネーションをするってことにした。

「全体的にかなり短くなりますよ」と言われたけどそれもいいや

髪束がいくつも頭の上で作られて
最初の髪を自分で切らせてもらった

ジョキリジョキリ…
耳の横で髪を切る音はとても不気味でなんだか髪が泣き叫んでいるような気がした
そこから長い髪が全部切られて
明るい色で髪が染められて
前髪も短くてまるでお猿さんのような姿に私は変身した。

美容室の宣伝に使いたいと言われて、ドネーションの様子やカット後の写真撮影にも応じた。
本心からヘアドネーションをしたいと思っていなかった私の笑顔は作り物。

とても滑稽な姿だ。

ジップロックに密封した長い髪をレターパックに入れた。
こんな不幸な気持ちがこもった髪でウィッグが作られて大丈夫かなぁ。
心配にもなった。
美容室のすぐ近くにあるポストに投函した。

ガコンという大きな音がしてビックリした。
我にかえると急に首の周りや耳が寒いと感じるようになった。
今まで長い髪に守られていた部分が驚いている。
私はマフラーをしっかりと巻きなおして家へと急いだ。

誰もいない部屋に戻った。
マフラーを外す時、長い髪が邪魔をしなくなった違和感に驚いた。
ああ私、失恋して髪まで切っちゃったんだって。
なんだか情けない気持ちになって
不意に涙がポロポロ出てきた。

ベッドの上にドスンとうつ伏せに倒れ込んで
思わず手に持っていたマフラーに顔を埋めた。

すると、マフラーに残っていた私の髪のシャンプーの移り香が鼻をくすぐった。

ああ。この香り…。
失った髪に心を救われた気がした。

失ったものに囚われ続けちゃダメだ。
アイツのことも長かった髪のこともきっぱりと捨ててしまおう。

明日は日曜日だ。
ショートカットにした私自身に似合うステキなプレゼントをするぞと決めた。

※予想より早く15万PVに到達しました。本当にありがとうございます。
 感謝を込めて短編ですが作品をアップします
 次は20万PVあるいはスキ×1500を目指します。

 この作品が気に入ったらスキやシェアをお願いします。
 あとこの作品からイメージに合った画像を作成して見出しに貼り付けていきます。
 過去の作品にも少しづつ見出し画像を付けていきます。みなさんに喜んでいただければ幸いです。
 クリスマスや年末年始に過去の作品も読んでいただき、気に入った作品にスキやシェアをしていただくと嬉しいです。

次回作品はクリスマスに合わせて12月24日に準備しています

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?