大きな鳥と生活している。大きな、というのは、大型の鸚鵡とか、梟とか、そういうことではなくて、例えばわたしは夜は彼のふんわりとした白いおなかに包まれて眠る。人間のベッドになるほど大きな鳥。彼は元は人間らしいのだけど、魔女の怒りをかったとかで呪われて、鳥になったらしい。御伽噺だったら愛をみつけて呪いが解けるなんてこともあるでしょうが、現実なかなかそうはいかないみたいだ。それとも、わたしと、鳥とのあいだに愛はないのかもしれない。なかなかシビアな呪いである。

贅沢な話だが、朝、わたしは贅沢なベッドに包まれながらとても不機嫌に目覚める。低血圧なのだ。いちにちの始まりを呪わんばかりのわたしに鳥は呆れたように目をぱちくりさせて、ときにため息さえつく。わたしたちは大きな船の一室に住んでいる。鳥はわたしのために食堂室からオレンジやパンをとってきてくれるので、わたしはお礼に桶に水を汲んでやる。そして一緒に朝食をとって、血糖値があがってやっと機嫌がマシになってから、わたしは着替えて(鳥は服なんて着てないので着替えないで)それぞれ仕事に出かけてゆく。

もちろん仕事、というのは船の運営に関する仕事であるので出勤といっても自室から、同じ船内にある自分の仕事場までただ歩いて行くだけだ。ただ、この船というのは余りに大きいので、船が運行している目的とか、船を運営している主体が誰なのか、とかはよく知らない。大きな船は、小さな町みたいなものである。わたしは白衣を羽織って、一時間あたりの船の揺れを観測したり、海水の塩分を測定したり、まああらゆるデータを作る、データルームというところで仕事をしていて、それらのデータはおそらく同じ船内のなかで誰かが何かに役立てているのだろうけれど、詳細はよく知らない。その点鳥がしている仕事というのはわかりやすくて、船の周りをゆうゆうと飛んで、不審物や、悪天候や、その他諸々の不都合を肉眼で見つけているらしい。

午前中にやるのは水質調査ぐらいのもので、本格的な昼どきがくる前にさっさとルーム長のハセさんと昼食をとりに出掛ける。ハセさんはもともと針路計画室にいたエリートだったのに、いまはなぜかわたしとこんな端っこのデータルームにいる。針路計画室というのは、進学校によくあるやつではもちろんなくて、文字通り船の針路を決める部屋ということで船長の右腕ポジションというか、頭が良くなくちゃできないし、権威志向みたいなものも必要である。わからないけど、官僚が天下りするみたいな感じでここにきたのだろう。ハセさんについて特記することは他にないけれど、不思議とわたしたちは馬があって、ふだんは昼食を共にするだけだが、数ヶ月に一度船が港に停泊するさいには、陸で一緒に安宿を探して泊まる。鳥に対して後ろめたい気持ちもあって大っぴらにはしていないものの、浮気に対する暗黙の了解みたいなものがあるのは事実である。

午後の仕事を済ませたあとは、一人で自由に過ごすことが多い。波を眺めながら読書をすることもあるし、バーでお酒を飲んで、居合わせた人と会話を交わすこともある。バーでよく会う人のうちで、船ですれ違ったことのある人たちのなかでも一等うつくしい肉体の持ち主であろうと思われるホズミという友人がいて、彼は帆をあげたりおろしたりする仕事をしている。ホズミはわたしの知人には珍しい明るい年下のばかで、彼とお酒を飲むたびにうっとりと、生の良さのようなものを感じる。しかも彼はわたしのことを好きなのだ。うつくしい生命体に熱っぽく見つめられる体験というのは、もちろん悪いものではないけれど、現実感があまりない。

夜が更けるころには、お酒を飲んでいようといなかろうとたいていすっかり気分がよくて、部屋のドアをバタンと開閉して、すでにわたしのことを待っている鳥の羽毛に飛びこむ。息を吸い込むと日向の香りがする。鳥は、左右の羽で器用にわたしを抱きしめる。ハセさんやホズミとした会話を鳥に身振り手振りを交えて喋り尽くす。鳥はすでに眠たそうにしている。しかし鳥は、わたしが眠ってしまうまで絶対に寝たりしない。わたしはたくさん愛されていることを実感できる。白いおなかに包まれて安心して眠る。

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