魚の子

「子の一人でもできていればな」と言った王の言葉はもっともで、そのため姫は真っ当に傷つくこととなった。

姫や王をはじめ、竜宮城に住む者の中には人間と同じ姿形をした者もあったが、生まれたときには魚の姿、成長するにつれ手足が生え、目に意思が宿り尻尾は引っ込む。生物学的に言えば魚の方に近く、人間の浦島と子を成すことが無かったのはそのせいだったのかもしれない。

「それにしても、あんな男。運が悪かったのですよ。マザコンって嫌ですね」
これを発したのは姫の従者である。人ではなく、ヒトデの形をしている。浦島の、竜宮城を捨て母親の元へ帰るという決断ののち、孤独の中の姫には海の生き物たちの声がくぐもって聞こえるようになった。姫がどこかぼんやりとするようになった理由の一つである。
「そうね」
姫を心配するヒトデの優しさを慮って、姫は短く相槌を打った。

浦島が姫を裏切り、姫は冷たい海の底に取り残され、サザエさんは年をとるようになった。貝のサザエではなく、日曜日の晩に誰でも会えるあのサザエさんである。それまで竜宮城と磯野家には時間の概念がなかった。姫はいつまでも歳をとらなかったし、カツオくんも同様だった。浦島が玉手箱を開けて瞬時に老人になったのは有名な話だが、それまで竜宮城と磯野家で本来流れるはずだった時間が閉じ込めてあったからなのであった。

一度開けられた玉手箱は、地上で粗大ゴミとなり、時間を閉じ込める役目を終えた。姫も歳をとり、やがて亡くなった。魚と子を作ることも、浅ましい気がしてできなかったという。こうしていつしか竜宮城も滅び、海底に人の形の生物が住むこともなくなった。玉手箱を浦島にあげてしまったのは、浦島への罰でもあったが、姫のゆるやかな自殺でもあった。その頃にはサザエさんも老いて亡くなり、最終回「カツオ、喪主を務める」では喪服を着て放送を視聴した国民もいたそうである。

#短編 #小説

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