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夜九時の井の頭公園

もうなんの打ち上げだったかは憶えていない。文化祭か運動会か、夜風が気持ちよい時期だったから秋の行事だろう。(アルコールのおかげで)盛り上がるわりには(アルコールのせいで)記憶に残らぬ飲み会を繰り返す大学生と違って、高校生にとっての「打ち上げ」は一回一回が記憶に残りうる、別個のイベントだった。

一次会は吉祥寺の商店街の、あるピザ屋さんで行われた。学校から歩いて二十分程で着くのだ。二列の長テーブルが制服の軍団によって占領された。制服での寄り道は禁止されていた気もするが緩やかなもので、そうそう、打ち上げには元生徒会長だっていたのだ。二列目のテーブル内側の奥、サッカー少女のあの子やダンス部のふたり、マブダチのあいつが近くにいて、お調子者たちが制服からクラスTシャツに着替え、ドリンクバーを混ぜ、他人のピザにタバスコを見舞う。みんなで写真撮るよーッ。ハイ、チーズ…あ、動画だった。

高校三年生、受験を控えているはずなのにそんな話は一切する間もなく、何故ならふざけるのに精一杯だからなのだけど、つまり高校生の方が立派だなんて言うつもりは全くないのだけど、就職活動の話しかしない大学生や仕事の話しかしない社会人と、どこがこうも決定的に違うのだろう。大人になるとは、面白くない生き物になるということなのかもしれない。つくづく思う。

「二次会に行こう」と言い出したのは誰だったか。井の頭公園なんかいいんじゃない、という提案にツッコミをいれる者すらおらず、全会一致で駅の反対側へ歩みを進めた。「井の頭公園」についてのイメージをなんとなくでも持っている人にとっては想像に難くないだろうが、夜が更けてからの井の頭公園は、日中以上にカップルたちの巣窟となっている。そこへ陽気な高校生三十人。迷惑も甚だしい。ステージに登って歌って、気のいい「吉祥寺の兄ちゃん」に褒められたあとは冒険者の面持ちで暗いほうへと分けて入ったと思えば、先頭を歩いていた子がこちらへ向かって頭上にばつ印を作る。
「こっちカップルがいて通れない!」
阿呆である。最悪な奴らだ。マナーというものがまるでない。あのとき暗闇でまさぐっていたカップルの皆さん、ごめんなさい。ふふふ。

「三次会」と称して公園二周目。最後に公園の入り口で、通りすがりの人に集合写真を撮ってもらった。パシャリ。頭の変な奴らと思われただろうか。それともまぶしい青春の真っ只中にいるのだと思ってくれただろうか。

ある四人のクラスメートと休み時間、教室の後ろのほうで、あ、私たちクラスのみんなと比べてなんだか擦れてるわね、と共通認識を抱きあったことがあった。ふと初日に撮ったクラス写真をみてみると見事に我々五人組が端っこ後ろに固まって写っていて、大いに笑った。間違っても真ん中になんて行かない私たち。しかし井の頭公園で撮った集合写真では、それぞれが中央だったり前方だったり思い思い適当な場所で写っていた。どちらも良い写真。集合写真は面白い。

大人になるのはつまらないが、いつまでもあの頃の精神状態でいてよいはずもない。言うまでもなくみんな成長して、ある程度は社会に溶け込んで生きているのだろう。それでも私は夜の井の頭公園で誰かといちゃつくなんて、未だに考えられないのだ。だってあの頃の自分に冷やかされるような気がするもの。甘い天罰。

#エッセイ #日記

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