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優しい棘

「どんな人が好きですか」という質問に、私なら「優しい人」と答えます。
だけど、今はその穏やかな優しさが痛いのです。
あなたを想う私には。





久しぶりに恋に落ちた。
今まで出会った人の中で一番、さりげない優しさに溢れている貴方に。

私が知っている恋は、四六時中相手のことで頭がいっぱいで、
胸がずっと苦しいものだった。

だけど、今度の恋はそんなものじゃない。
ずっと気持ちが向いているわけじゃないし、
他のことに集中していれば、切り替えられる。
でも、時々ふとした瞬間に貴方が頭に出てきては、
好きだなぁ、と静かに、されど強く実感する。

例えるなら、これまでの恋が、昼過ぎの浜辺に
繰り返し愛おしさの波が押し寄せてくるようなものだとすれば、
今度の恋は、満月の夜に、ひたひたと静かに満ちてくる潮のようだ。

いつから気になっていたのかは、分からない。
貴方がすぐ近くにいた時には、何も思っていなかった。
もちろん尊敬できる、気の合う先輩だったけれど、その時の私には
強く想っている人がいたし、貴方にも同じような人がいたから、
恋愛感情に発展することはなかった。
離れてから初めて気が付いた。
でも、なんとなく好意はあったんだろうなぁと今は思う。

貴方のどんな部分が好きになったのかと言われると、
なにかを決めたら必ずやり遂げるところと、
優しく情に厚いところだと思う。
別に自分を大きく見せようとしているわけではなく、
これほど自然に、さりげなく気遣いができる人を私は知らない。



久しぶりに貴方と、夜に会えることになった。2人で会うのはこれで3回目。
木屋町に焼肉を食べに行って、
あれもこれも美味しそうって言い合って沢山注文した。
だけど一番初めに届いたレモンサワーを飲んだ瞬間、
私は気分が悪くなって、30分も席を外してしまった。

折角の時間を無駄にしてしまったなぁ、と落胆して戻って来たら、
お肉が手をつけられないまま、綺麗な状態で机いっぱいに鎮座していた。
先輩の注文したほかほかご飯は冷たくなって、
もう湯気がでなくなっていた始末。

「本当にすみません、待っててくれたんですか。
先に食べてって言ったのに」
「全然かまへんよ、2人で食べたほうが美味しいしな」
…何なんそれ。ズルいやろ。
昔みんなで食べに行った時は、
肉はすぐ焼くに限るって言うてたやないですか。



いつも夜に会った時は、どんなに私が断っても、
1人で帰らせてくれたことはない。
河原町駅からだと先輩の終電は23時だったのに、京都駅なら23時半だから、宿まで送るわって言って聞く耳を持ってくれない。
とはいえ、京都駅までは、鴨川沿いを通れば1時間弱もかかる。

…先輩、今日筋肉痛って言うてたやないですか。
申し訳なく思いつつ、一緒にいられる時間が延びたと気づいて、つい口角が上がってしまう。ありがとうマスク、おかげでバレなくて済んだ。



結局鴨川沿いを2人でゆっくりと歩くことになった。
四条から下っていくと徐々に明かりが少なくなって、夜道に穏やかな川の
せせらぎの音だけが響く。先輩と私の距離は近くなったり、離れたり。

さりげなく、先輩に寄り添っている側の手に持っていた鞄を
外側の手に持ち替えた。
貴方は前しか見ず、楽しそうに話している。
こわばって、行き場をなくして、手持ち無沙汰な私の右手。
...気づきなさいよ、先輩のあほ。
いや、ほんとにあほなんは期待しちゃった私かな。
こんなに私、不器用やったかしら。普段ならもう少し余裕があるんやけど。



貴方に会うまではいつもあれこれ聞いてみよう、
鎌をかけてみようと心に決めるんです。
だけど、友だちとこうやって出かける時間は大切にしたいとか、
私のことは良き理解者で親友やと思ってる、とか言われちゃうと、
怖気づいて、貴方が好きであろう、ノリのいい後輩でいてしまうのです。
そりゃ理解者に決まってるじゃないですか。理由ぐらい分かるでしょ。



鴨川沿いを歩いているとき、海外赴任がネックで、就職先に迷ってるって
言ってましたよね。前に付き合っていた方に、遠距離になったとたん
突然振られたのがトラウマになっていて、
将来の家族もそうならないか不安だって。

家族や友だち、恋人をいつも大切にする貴方だから
そんな風に悩むのでしょう。
そんな所に私が惹かれたのは紛れもない事実だし、
大切な人だから、何か力になれたらと思う。
だけど、その将来の話の中に私がいないのは明確で、
全く意識していないからこそ、こんなに心情を吐露して、
ここまで相談してくれるんだなって思い知らされてしまった。

「こんなに真摯に向き合ってくれる奴おらんわ。これからも仲良くしてな」
...もちろん、仲良くはできますよ?
 私の気持ちを捨て去れば。



そういえば、焼肉に行くからいっぱい食べても大丈夫なように、
黒の服を着てきました、って私言いましたよね、先輩。

ごめんなさい。あれは嘘です。
あの服は、祖母が祖父とのデートで買ってもらった
黒の水玉のワンピースなんです。
この服を着ていたら寡黙で無骨なおじいちゃんが沢山ほめてくれたんだよ、あなたも大切な人と出かける時に使いなさいねって、
おばあちゃんが照れながら耳打ちしてくれたの。

あの服を着るといつも自分に魔法がかかったみたいに、
何でも出来そうだと思えるから。
だから着てきたんです。
少しは仲のいい先輩後輩という関係から変われるかなって。

だけど、私ね、何にも変わることができませんでした。



あっという間に宿の前に着いて、じゃあ、またって手を振って別れた。
振り向かないかな?って思いながら、駅に向かって横断歩道を渡る
先輩の背中を見つめていたら、少しして先輩が振り返った。
やっぱり気遣いにあふれた人だなぁと実感して、
もう一度笑顔で手を振った。

いつも、そして今日も先輩は優しかった。
だけどその優しさが今は痛い。
だって面倒見のいい先輩にとってその優しさは、
何ら特別なものではないと気がついたから。

だからお願いです、先輩。
私と同じ気持ちではないのなら、もう、優しくしないで。
望みがないって分かっているのにもっと好きになってしまうでしょう。
貴方を想う私は、優しくされるたびに、心に鈍い痛みが広がるのです。

笑顔のまま、遠くなっていく貴方を見ていたかったのに、
いつのまにか視界が滲んで見えなくなっていた。




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