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散文詩的な呟き

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日常の一コマを短い映像のように切り取っています。
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記事一覧

紙月ーしげつ

元来私は、下を向いて歩く人間だ。 石畳の境目を避けて歩き、横断歩道の白いところだけを踏む。 すれ違う人も、俯いた視界に相手の靴が映り込むまで気づかない。 20時の暗闇を、足下を確かめながらぽてぽてと歩く。 汚れた靴の先に、昼間の出来事を思い出す。 等間隔に並ぶ街灯の間を、泳ぐように渡って家路を行きながら、 ふと、今日は満月だったかと、上を向く。 見上げた先には明かりの灯るマンションの窓が溢れている。 それぞれの生活が真冬の夜に漏れ出して、しばし夜空を漂って消える。

実験的表現

自分なりの詩の表現を追求するにあたり、 色々試している中の一つ。 そこよりも、言葉の精度を上げるべきなのか。 結局のところ自分が表現したいことって何なのか。 詩の可能性とか、世界は色に溢れていることとか、 自分という人間を自分が諦めないために、 今はもがいているのかもしれない。

華麗舞踏会

どぼどぼ どぼどぼ 注いだ油は跪き 鍋の中で 想いを募らせ熱くなる 遅れてやってきた乱切り野菜は 油と共に底を蹴り 勢いよく舞い踊る しばらく熱気に包まれて 疲れた彼らに水を打つ 静まり返った鍋底で  ぐつぐつ ぐつぐつ 話し出す 退屈しのぎにやってきた  スパイスたちはお喋りに アクセントをちりばめる ぐるんぐるんとかき回される舞踏会 引き裂かれては手を取り 手を取っては引き裂かれ ことこと ことこと 彼らはついに 溶け合い 溶け合い ひとつになった。

春の朝

カーテンの隙間から漏れる陽の光が、思いの外強いことに寝ぼけ眼でも気づいた。7時半を回ったところだった。転がるように布団から抜け出して、重い体を支えて洗面所へ向かう。暖かい日が続いていたが、フローリングは素足から容赦無く熱を奪っていく。 顔を洗う水の冷たさが心地よい季節がやってきて、手早く洗顔を済ませた私は、そのまま化粧も始めた。目元は桜色のようなシャドウ、締めには深い空の色を。バーガンディを目の際に垂らす。 顔の準備だけ済ませて、パジャマを着ている時のちぐはぐ具合は、鏡を

ハッピーエバーアフター

物語ならばきっと、 君は彼の人を思い夜を明かす。 物語ならばきっと、 彼の人も君を思いひと目逢いにくる。 物語ならばきっと、 彼の人は宝石のようなチョコレートを差し出す。 物語ならばきっと、 君はその甘さを諄いとは感じない。 物語ならばきっと、 彼の人は片膝をついて君の手をとる日が来る。 物語ならばきっと、 君はその光景に思わず息をのみ、彼の人の言葉に首を縦にふる。 物語ならばきっと、 その幸せな光景は永遠に続いている。 現実はきっと、 描かれることもなく誰も知

夜に沈む

冬の夜に落ちた。 躓いた足先に、記憶がずっしりと纏わりつく。 息をはく音が冷え切った耳に酷く響いて、 青鈍色に染まっていた視界は白く霞んだ。 見上げた先で漂う寒月に、鼻先がつんと痛む。 くっきりと地面に映し出されたはずの影は、 暗闇と混じりあって溶け込んで、 境目が無くなっていく。 ああ、この夜に落ちたのはいつのことだったか。 昨日なのか、 ほんの数日前なのか、 それとも遠い昔のことなのか。 暁は未だ来ず、それぞれの真夜中を泳く人の息遣いを微かに感じるている。 いず

選定

箱の中に腕を突っ込んで、ずっと探している。 がさごそ がさごそ 箱から取り出されたそれで、辺りは埋め尽くされていく。 あれでもない これでもない 溢れかえったその中を、かき分けてもう一度探す。 選ぶとはなんだっけ。 決断とはどう下すんだっけ。 何をみて、何を分けて、どうするんだっけ。 身体が痛い。 喉の奥が乾いて、音が鳴る。

アイライン

彼女のアイラインが滲むのを見た。 鋭かった目尻が丸まって、迷子の子供のような目線を向けられる。 堪えきれなくなった感情が、彼女の頬に静かに線を描く。 冬の水のように冷たそうなそれが、本当はじんわりと温かいことなど、 私は触れるまで気づけない。

過呼吸

吐ききれば入ってくる空気。 わかっているのに浅くなる呼吸。 長く細く息を吐いていると、涙がこぼれてしまうから。 短い呼吸を繰り返して、息の吸い方を忘れて、手先が痺れたとき、自分がどこにいるのかわからなくなる。

真夜中

どこか宙を漂っているかのように、ふわふわと浮く。 それでいて、頭には鈍く響き渡る鈴がつく。 軽いはずの身体が、ずんと引っ張られている。 重い夜を海月のように漂って、 重力など気づかないふりをして、 どこまでもどこまでも、落ちて行く。

静寂

目の前が揺れて ぐにゃりと曲がる 横になれば身体が じんわりと沈む どこまでも深く 落ちていく 光が暗闇に飲み込まれて 何も見えなくなって 何も聞こえなくなって ようやく吐き気は止まった

香水

小瓶がカラになった。 琥珀色の液体が、数年という時間をかけて空中へ消えた。 柔らかく甘いあの香りはすでに私のものとなり、そして彼の香りだ。 手渡されたあの日には、こうなることなどまるで見えてはいなかったのに。 私の人生から手を離した彼が、香りの奥に漂う。

クリームソーダ

シュワシュワと立ち上る泡、 キラキラと輝くグラスに注がれた透き通った青。 バニラのアイスクリームの横にちょこんと寄り添う、シロップにたっぷりと浸かった赤いサクランボ。 グラスに刺さったストローを動かすと、全てが少しだけゆらりと揺れる。 その可愛さに見惚れて、しばらくその青の向こうを眺めたが、ついに別れを告げるためにストローに近づいた。 一口飲んだそれは、 全てが支配されるくらい、ただひたすらに 甘い。

流れ落ちる時間

青いカーテンを通した朝の光で、部屋の中は青色に包まれる。 明るくて、薄暗い光に。 寝起きの頭はずんと重く、目蓋にも力がない。 ぼさぼさの長い髪は、毛先までぱさぱさとして、ずぼらな私が顔を出している。 薄く青い光に包まれた部屋に籠城し、重い頭を抱えて、椅子の上で体操座りをする。 垂れ差がる髪の毛の間から見える世界を、一心に見つめているようで、この目には何も映っていない。 昨日も、明日も、明後日も、この目には何一つ見えていない。 時間は淀むことなく滔々流れさっていくのに、私