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短歌五十音(か)河野裕子『河野裕子歌集』


河野裕子と歌集について

河野裕子さんは短歌結社「塔」の選者をされていました。
今回紹介する歌集は砂子屋書房さんの現代短歌文庫10『河野裕子歌集』です。
河野さんの歌集の『森のやうに獣のやうに』全編、『ひるがほ』全編、『桜森』一部、『はやりを』一部で構成されており、若い頃の河野さんの歌を楽しむことができる一冊でした。

壮大で幻想的な歌

印象に残る歌がたくさんあったのですが、その中でも特に惹かれた歌は壮大でどこか幻想的な印象のある歌でした。

『森のやうに獣のやうに』より
過ぎしかばなべては光を照り返し緑金の野に忘れ来し帽子
夕闇に若き桜木一木を切りたる斧が冷えてゐるなり 
忘却のふちに輝き今夜見ゆ金色きんの縄澄み揺れゐしブランコ
窓のやうなひとみを持つ少女だった のぞけばしんと海がひらけて
『ひるがほ』より
森の持つ重たき時間に睡らむと銀の時計をはづして寝ねぬ

こうして好きな歌を並べてみると緑金、斧、金色、窓、時計など金属に関する歌多いですね。
どの歌も壮大なもの(野、海、時間など)と現実の物(帽子、斧、ブランコなど)との対比があるように感じました。
壮大なものの中から現実の物が浮かび上がってくることで、現実の物が幻の一部となっているような不思議さがあります。

体の一部を詠み込んだ歌

歌集の中には体の一部を詠み込んだ歌も多くありました。

『森のやうに獣のやうに』
にんげんの耳たぶのごとき形してむき身の貝が白くならべり
ブラウスの中まで明るき初夏の日にけぶれるごときわが乳房あり
愛、されど耳より聴かず ももいろに日向を歩く三半規管
呼ばれたるわが名やはしもゆわゆわと内耳の奥の暗がりに消ゆ
日向より日翳に入ひてゆく刹那頭蓋ひいやりと血は傾けり
『ひるがほ』より
病みし日のうすき胸元にさしてゐし晩夏のひかり ひるがほのはな

どの歌も少し陰りがあるのですが、かといって主体の感情がまざまざと伝わってくるような重さはなく、立ち止まって何度も読み返したくなる歌ばかりでした。
また、特定の部位や器官が詠み込まれているので、そこを強く意識してしまうからか、一首一首が生々しい感覚として伝わってくると感じました。

誰のために短歌を詠んでいるのか

第一歌集『森のやうに獣のやうに』のあとがきには河野さんが短歌とどう向き合っているかということが書かれており、その言葉がとても印象深かったので紹介します。

恋人に与えるただ一首の相聞歌を作ろうと思ったこともあったが、とうとうそれはできなかった。誰かの為に、何かの為に、という大義名分では決して短歌は作れるものではない。短歌はもっとつきつめた、ひとりぼっちなものだと思う。

『森のやうに獣のやうに』あとがきより

「短歌はもっとつきつめた、ひとりぼっちなもの」短歌をつくる上でとても大切な姿勢なのに、ついつい忘れてしまうことだなぁとハッとさせられました。
短歌をつくる時に迷子になったら何度もこの言葉を思い返そうと思います。

最後に

最後まで読んでくださってありがとうございました。
砂子屋書房さんの現代短歌文庫では『河野裕子歌集』だけではなく、『続河野裕子歌集』と『続々河野裕子歌集』も出版されています。
一人の歌人の人生を追うように歌集を読むのも楽しいかもしれませんね。

次回予告

「短歌五十音」では、初夏みどり、桜庭紀子、ぽっぷこーんじぇる、中森温泉の4人のメンバーが週替りで、五十音順に一人の歌人、一冊の歌集を紹介しています。

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お読みいただきありがとうございました。
本稿が、みなさまと歌人の出会いの場になれば嬉しいです。

次回は桜庭紀子さんが木下龍也さんの『オールアラウンドユー』を紹介します。お楽しみに!

短歌五十音メンバー

初夏みどり
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桜庭紀子
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ぽっぷこーんじぇる
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中森温泉
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