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色んな神社が合体した広島県福山市沼名前神社

沼名前神社。ぬまくまと読みます。
沼名前神社は広島県の鞆の浦というところにある神社です。

この神社はかなり古いと言われていますが、どれくらい古いかがいまいち分かってないっていうところがおもしろいです
正に沼ですね!
沼名前神社という名前は平安時代に編纂された古い神社の名前がたくさん載っている延喜式神名帳というものに記載されているんですが沼名前神社はどこにあるかがわからなかった神社なんです
現在、沼名前神社がある場所はもともとは渡守(わたす)神社という神社が存在していた場所です。
ではなぜこの渡守神社だったところが沼名前神社になったかを説明しましょう

もともと渡守神社があった近くに鞆祇園宮という神社がありました

この鞆祇園宮は素戔嗚尊を祀っていた神社なんですが、なんとこの鞆祇園宮は火事によって消失してしまったんです!

そして燃えて無くなってしまったので近くにある渡守神社と一緒にしようっということで鞆祇園宮を渡守神社と合併させたのです

でもその時にそういえばこの辺に延喜式神名帳に載ってい沼名前神社っていうのがあるので、沼名前神社をもうここにしてしまったらいいんじゃないか?ということになりました。
渡守神社がある。そこに鞆祇園宮がくっつく。そしてついでにその神社をまとめて沼名前神社にしよう。
そんな風なことでこの場所に今は沼隈神社が存在しているんです

おもしろいですよね。意外とやりたい放題ですよね
こうして新たに生まれた沼名前神社。ではこの沼名前神社で見ておくべき4つのポイントがあるので紹介しますね。

ひとつめは鳥居です。この沼名前神社は鳥居がいくつもあるんですが注目ポイントは二の鳥居。この鳥居だけ形が少し違うんです
鳥居の両端が上に向けてぴょこんと跳ね上がってるんですよ
鳥衾形鳥居(とりぶすまがたとりい)という名前がついています


両端が跳ね上がるデザインです

この鳥居は九州の佐賀県ではちょいちょい見られるんですけども、それ以外の地域で見られるのはここだけなんです、多分。
是非皆さんがここに訪れた際はこの第二の鳥居みてくださいね

それでは二つ目です。
第二の鳥居をくぐり階段を上っていくと本殿がどんと構えています

この本殿。とっても立派な本殿なんですが実は建て替えられています。

この本殿は約50年前ぐらいに本殿の近くで松明(たいまつ)を焚いて、古い御札とかおみくじとか、そういったものを燃やしていたんですけどその燃やしている火がなんと本殿に移ってしまったんです。

本殿内


本殿は焼けてなくなってしまいましたなので今建てられている本殿は建てられてから、大体50年ぐらい経っているんですけどもその本殿のすぐ右側、ここに大きな石がたくさん置いてあるんですね

これが見るべきポイントです。
ここに置いてある石は何かと言うと「力石」といいます。

この力石というのは吉凶。いわゆる占いですね!吉か凶か。そういったことを占うために始まった儀式の一つです。

この儀式は鞆の浦に住んでいる人々がお祭りの時に力比べをするために使われた石ですこの石を持ち上げて力比べをして、そこで勝ったらその年は良い年になるとかそういったものを占うためにやっていたんですね

この力石はずらっと並べて置いてありますので是非皆さんも持ち上げてみてくださいひとつひとつの石にはその時に持ち上げた人の名前などが書いてあります。
ちなみに石の重さは若干の誤差はありますが、大体118キロから123キロこれぐらいの重さになっています。

それでは三つ目のポイントです!
三つ目のポイントは遥拝所です。


遥拝所


遥拝所というのははるか遠くにある神社を拝む場所というものです
この遥拝所が沼名前神社の中にもあるんです
本殿から右に向かうと御朱印を書いてもらったり、おみくじやお守りそんなものを売っている社務所があるんですけども社務所の左手を見ると2本の柱に細いしめ縄をつないだものがあるんですこの形は今の皆さんがよく知っている鳥居のもっと昔、その時に使われていた鳥居の形です。

この鳥居を正面に向くとある神社を拝むことができますこれはどこの神社を向いてるかと言うと伊勢神宮です
なぜ伊勢神宮の方を向いているかと言うと伊勢神宮は神社界のキングだからです。天照大神ならクイーンでしょうか。
この沼名前神社には伊勢神宮を拝む遥拝所が境内にあるので、ぜひチェックしてみてくださいね!

最後に四つ目です。能舞台です
能というのは昔からある踊りの芸能です。
この沼名前神社にある同舞台の珍しいところは、何と移動式の能舞台なんです。


移動式の能舞台


この能舞台、どこに移動すると思いますか?お城からお城?屋敷から屋敷?

この能舞台というのは、何と戦いの場、戦の場所に移動させて、そこで能を舞っていたんですよ。
戦ってそんな暇あるんか!と思いますよね。
演じてる人はめちゃくちゃハラハラしてたと思います。
この移動式の能舞台のかつての持ち主は豊臣秀吉です。

豊臣秀吉が能が大好きだったからなんですよ。
少し話がズレますが、豊臣秀吉が亡くなる10年前ぐらいからずっと能にハマりまくっていたそうです。
そして能を見るだけではなく、本人も練習して舞っていたそうです

太閤さん言われてた人やから相当うまかったのでは?と思われますが、それが書物にも残っているのですが、めちゃくちゃ下手だったらしいです

移動式の能舞台ってのはめちゃくちゃ珍しいですので沼名前神社に行った時はこの能舞台、これもぜひチェックしてみてくださいね

能舞台というものは全国いろんな神社にあるんですけども、移動式の能舞台というのはこの沼名前神社にあるものが日本で唯一のものなのでこれは珍しいです。

今回は広島県福山市鞆の浦にある沼名前神社について紹介しました

動画でわかりやすく解説はこちらへ



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