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泣き出すことはわかっていた

6月

降り出す降り出すと予報されていた雨がなかなか訪れないまま5月が過ぎ、あっという間に6月になっていた。売店で買ったアイスが溶けていくのを懸命に防ぎながら、木漏れ日が眩しく輝いて反射するアスファルトを眺めた。

半袖短パン姿がめずらしくなくなった初夏の商店街は、いつもよりも人の流れが少ない。暑さが厳しくなって、みな外出時間を考えだしたんだろうか。

「お姉ちゃんが言ったんだからね。私は知らない!」そう言って妹の寛美が家を出て行ってからもう3ヶ月が経っていた。

いつか帰ってくるだろうと呆れていたのに、一向に帰って来ないし、LINEも電話も全くない。捜索届を出そうか悩んだけど、それほどじゃないかと思いながらあっという間に時間が過ぎてしまった。

三姉妹の末っ子だからと甘く育てすぎただろうか。寛美はとても内向的でなかなか自分のことを主張できない子だった。だけど中学生のある夏から彼女は変わった。何がきっかけかはわからないけれど、ハッキリとそう感じた。漆黒の前髪の下にあった遠慮がちな目元が、ある日を境にキリリと冷ややかに変わっていったのだ。怖くて何が起きたのか聞けない程だった。

その彼女が大学生になった今、もう干渉するような歳ではないとわかっていながら、つい放ってしまった一言で、また信頼を失ってしまったようだった。

ポツ、ポツと頬に冷たいものがあたり、あっという間に大粒の雨が降り出してきた。残りのアイスを一口で食べ切り、雨を防ぐように近くの花屋に駆け込むと、想像以上の室内機の冷気に体が冷えた。

梅雨の時期を控えて伸びる勢いを増す初夏の花々が、涼しげにこちらを眺めている。

ふと、私は母のことを思い出した。甘い香水の香りと、癖のある髪の毛。色白でいかにもかよわい細い体。そしていつもそばにあった花々。その匂いが蘇るようで、ギュッと私の胸を締め付ける。

何度も何度も、泣き出すことはわかっていた。だけどその場に立ったらどうしていいかわからなかった。

ザアザアと降り続ける雨の中で、途方に暮れた6月だった。

セミの鳴く季節に、続く。


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