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インド・カルナータカ州のOOTA(ミールス)を食べにいく旅4

電車は、朝7時にPの故郷南カルナータカ・Hassanに着いた。駅に着くとPの親友Dが迎えに来てくれて、宿泊先のホテルまで送ってくれた。
ホテルに着き、Pから南カルナータカスタイルのUpmaやコーヒーをぜひ味わって欲しいと勧められたため、みんなで併設のレストランで朝食をとった。

Upma
コーヒー

Upmaは、柔らかくねっとりした食感でスパイスと塩気が効いていた。
コーヒーは、過去に飲んだものとの違いに気付かなったが、目の前でニコニコするPとDの顔を見ていたら、わずかにコーヒーやミルクの風味を強く感じいつもよりおいしく思えた。

食事を終えてP、M、Dと別れる。
ホテルで小一時間休憩してPの家に向かう。

Hassan

ハッサンは、インド南西部カルナータカ州南部、マイソールの北西約98km、ウェスタンガーツ山脈の標高940mの位置にある。主にコーヒー、カルダモンや雑穀類、搾油用種子などが栽培されている[1]。

Pの家は、Hassanの中心から車で20分ほどの距離にあるDuddaという集落の中にある。Pは、2人兄弟で2人ともバンガロールで働いていて、そこに家を借りている。そのため、Duddaの家には、両親2人で住んでいる。
庭には、樹齢10年以上のカレーリーフツリーが栽培されていたが、あまりに木が高く葉の収穫が難しそうだった。

庭のカレーリーフツリー

南カルナータカのブラーミン料理

Pの家で学ぶ料理は、マイソール周辺に広がる食文化圏の一つで南カルナータカのブラーミン料理とのこと。基本的にPの母Sが料理を教えてくれた。

Akki Roti、Ragi Roti(ラギ粉のロティ)、Kayi Eerulli Chatni(ココナッツオニオンチリチャトニ)、Gojjuと、この日2度目の朝食をいただいた。
Akki Rotiは、生地をフライパンに置き、手で伸ばして成形しつつ焼いていく。厚みは不均一で、食感はもっちりとして食べ応えがある。
Ragi Rotiは、その名のとおりRagiという雑穀のRotiで全体が紫がかった色をしている。食感は粉の粗さから、若干もさもさしていて、この穀物独特な風味がある。いずれもGheeをかけて食べる。
この2種のRotiが、独特で面食らった。食べやすい料理でもなければ万人受けしそうな料理でもない奇妙な料理だった。
ただ、こうした記憶に深く残る料理は、思い出すと食べたくなるから本当に不思議だ。

Akki Roti(中央上)、Kayi Eerulli Chatni(右)、Gojju(左)


Ragi Roti

朝食を終え、少し休憩し昼ご飯をつくっていく。この日は以下の料理をつくった。
Ragi Mudde、Bassaru(ディル入りサール)、Kaalu Palya(ディルとダルのパルヤ)、Ambode(ディル入りマサラワダ)、Saaru Pudi(サールマサラパウダー)

Ragi Mudde(右の皿右)、Bassaru(右の皿下)、Kaalu Palya(右の皿左)、Ambode(左の皿)

Ragi Mudde

カルナータカ南部といえばRagiが有名だが、それを粉にしてボール状に丸め蒸したRagi Muddeも同じくらい知られているのではないだろうか。素朴な料理ではあるが、驚くべきはその食べかたである。
Ragi Muddeを指でちぎってボール状に丸め、Saaruをつけて噛まずに飲み込む。多くの人は、なぜ噛まないのかと思うだろう。
例えば、日本には蕎麦などを食べるときにのどごしを楽しむという食文化がある。噛まずに飲み込みこみはしないが。
Ragi Muddeも蕎麦と同様にのどごし楽しむような感覚かと聞いたが、そういうわけではなく、Ragi Muddeはこうした食べ方をするものだという答えをもらった。
試しにやってみたが、五百円玉くらいのボール状のものを飲み込むことは感覚的に難しかった。噛んでもいいかと尋ねたところ、飲み込めないなら噛んで食べてもいいとのことだった。
最近の世代は、Ragi Muddeを飲み込めない人たちが増えており、Mも飲み込まず噛んで食べるようだ。

昼食が終わり、少し休憩したあとに夕食を作っていく。夕食はNucchinunde
とTili saaruを作った。
Nucchinundeは、雑穀でつくった団子のような食べ物で、食感は弾力がありもっちりして食べ応えがある。Gheeをつけて食べた。

Nucchinunde

Tili saaruは、薄い豆のエキスにスパイスを加えた料理でライスにかけて食べる。北カルナータカで食べたSaaruと同様に酸味と甘み、スパイス感とGheeの風味が混ざり合っていた。

Tili saaru

Hassanに着いて1日目というのに多くの料理を教えてもらった。しかし、教わるよりも、一日中キッチンに立ちっぱなしで料理を作り続けたSのほうが大変だったと思う。
息子の友人ではあるものの、ローカルなインド料理を学びに来た奇妙な日本人のために、たくさん料理をつくってくれたSに感謝してもしきれない。

続く

脚注
[1]ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典<https://kotobank.jp/word/%E3%83%8F%E3%83%83%E3%82%B5%E3%83%B3-115048>引用・参照


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