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北海道で「片道」は異端らしい

去年の夏、北海道の稚内でタクシーに乗ったときのこと。

稚内市の南部に抜海という駅があり、日本最北の木造駅舎といわれ、味のある古い駅舎が集落から離れたところにポツンと建っている。近く……と言っても40分ほど歩いたところにある抜海港には野生のアザラシが出ることもあるというので元々興味はあったものの、いかんせん1日3本しかない宗谷本線の普通列車ではたどり着くのも一苦労なので行ったことがなかった。
しかしいよいよ数年のうちに廃駅になるかもしれないというので、駅探訪という旅には邪道と分かっていつつも、列車ではなくタクシーを使って向かうことにした。

稚内駅は大きなターミナル駅で、ロータリーには数台のタクシーが列を作っていた。列の先頭にいるタクシーに向かって軽く手を挙げ、乗りたいと意思表示をすると、ジャパンタクシーの扉がすっと開いた。

抜海駅に行きたいと告げ、現金精算なら細かいお札の用意が無いので駅の売店で崩してくると申し出ると、釣り銭の心配はいらないと言うのでお言葉に甘えることとした。

クルマが走り出したところで、

『……で?』

とドライバーが言う。思わず「はい?」と聞き返してしまった。で?、とは何だろう。
ドライバーが続ける。『こっから抜海に行くんでしょう?その後だよ。帰りは何時?』
「あ、抜海の港と駅を1時間ほど見物したら宗谷線の列車が来る時間になるので、それに乗ります」
と答えると、ドライバーは面食らったような顔をしたのち無線機を掴んで『××号車~抜海駅まで片道~~』と会社の配車係らしきところに報告した。すると『あん?抜海に片道~?はいよ気をつけて~』と無線の向こうも驚いていた。

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3日後、また稚内に舞い戻った私は、宗谷バスのきっぷ売り場にいた。

宗谷バスの路線のひとつに、「天北宗谷岬線」という有名路線があるのだが、あと数年には路線そのものが区間ごとに分割されて一部が廃止になる見込みであるというので、約4時間半かけて乗り通してきたところであった。

あまりにも長距離を走る=運賃が高額になるということで、車内精算の効率化のためか、事前に紙のきっぷを購入できる路線になっている。バスを降りたあとで、そういえば記念に切符を手元に残しておきたいなァと思い立ったので、改めて適当な区間の切符を購入しようと窓口を訪ねることとしたのだ。

さすがに全区間の運賃をもう一度払う懐の余裕はなかったので、500円くらいの区間にある途中のとある停留場まで、片道の切符購入を申し出た。すると受付のお姉さんは、

『片道でいいんですか?その区間はあまり運行本数のない区間ですけど、お帰りは?』

となんとも優しい心配を寄せてくれた。
記念に切符を手元に残しておきたいだけで、使うつもりはないと申し出ると、納得したような顔で切符を売ってくれた。

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半年後のある日、私は北海道の旭川駅にいた。

朝一番のみどりの窓口で、留萌駅への乗車券を買いたいと申し出た。
するとカウンター越しのお姉さんは、『お帰りの乗車日はいつですか?』と尋ねてきた。往復で買うなんて言っていないのに。(確かに片道とも言ってないが……)

切符は片道でよいと申し出ると、見るからに地元の人間ではない私をみて、少しキョトンとした顔で、『片道でいいんですか?』とご丁寧に再度確認のうえ、切符を売ってくれた。

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冒頭のタクシーのドライバー氏に聞くと、北海道では公共交通の便が決して良くはこともあって、鉄道やバスをスケジュールに組み込んで生活する習慣は無く、路線バスが多少頻回に走っていたり電話をすればすぐタクシーがくるような市街地以外では、大概の場合は事前に何かしらの手段を往復で手配するのが自然なのだとか。『だから帰りは?って聞いたんだよ』と言われて納得した。
私は公共交通機関がなくなるのは寂しい限りなので、たとえ不便でも出先ではできる限りさまざまな交通用具にお金を落として帰るようにしているつもりだが、このままではあらぬ誤解(?)を生みかねないようなので、今後は「帰りは別に手配してありますから」と枕詞をつけるようにしようと学習した北海道での出来事だった。


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