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ドアの向こうへ vol.17

~美樹の決断~

 隣に座っている由美子が
「マスター、そろそろ帰ります。今日はいろんなお話を聞けて良かったです。ありがとうございました」
「どういたしまして、何だか俺ばかり話しちゃって、ごめんね」とマスターが言う。
「いいえ、そんなことないです、バイトの頃はこんなにじっくりお話できなかったから、大切なお話聞かせて頂き、ありがとうございました、また時間を見つけて来ます」
「いつでもおいで、由美ちゃん、待ってるよ、元気でね」
「じゃぁ、美樹さん、またここでお会いしましょうね。お元気で」
こう言って由美子は、喫茶ひまわりのドアチャイムを鳴らして帰って行った。

 私はこの1年、倉岡へ話を聞いてもらいに頻繁に喫茶ひまわりへ来ていた。話を聞いてもらうと、何だか落ち着くのだ、いつもマスターはじっくりと聞いてくれ、私の事を否定したり責めたりすることはなかった。今日、マスターの昔の話を聞いて、あのような経験をしたからこそ、マスターはこのひだまりのような空間を作ってくれるのだと、あらためてそう思った。
「マスター、私も帰ります」
「おぉ、そうか、またおいで」
「美樹ちゃん、あまり無理しないで、それと、大変だろうけど、お父さんに分かってもらえたらいいね、もしよかったら、一緒にここへ来てみたら?」
「ありがとうございます、ここへ、父と、そうですよね、避けてばかりもいられないし」
「そうだね、子どもの頃良く来たそこの公園へ散歩がてら来て、その足で寄ってみてね」
「ありがとうございます、マスター、誘ってみます」
後ろから優しいマスターのようなドアチャイムの音が美樹を見送ってくれた。

 退社してから約2年過ぎたが、職には就けずにいる。ハローワークへ仕事を探しに出向き、それなりに、自分の経験を生かした職種は見つけることが出来た。でも、あの淑子のような仕打ちにまた合うのでは、信頼を裏切られるのではと、その思考が頭から離れず、踏ん切りがつかずにいた。
私のように、次へ行けない、仕事が探せない人達って多いと聞いているし、新聞やネットの中でも見かける、怠けているわけではないのだが・・・・・
今でも、あの悪夢を見る時がある。そして、いつも、「あの時私が、確認をしていたなら・・・」と自分を責めてしまう。
淑子は最初から、私を追い出すつもりだったのだろうけど、気づけないことにも自分が情けなくなってしまっていた・・・・こうなると、もう、何処へも出かけたくなくなる、ただただ、部屋の隅で膝を抱えて萎縮しているだけだった。
「甘えてるんじゃない、こもっていないで早く仕事を見つけろ」と父から強く言われるたびに、
私は今、さなぎのように、細い糸一本で躰を支えているのだから、どうか、そっとしておいて欲しい、見守っていて欲しい、羽化するその時が来るまで・・・・と心の中で何度も叫んでいたのだ。でも、聞く耳を持たない父には言っても無駄なことだと言い返すことすら諦めていた。
見かねて母が止めに入ってくれることが、ほとんどだったが、
「お前が甘やかすから、こうなるんだ!」と、この捨て台詞を吐いて、セレモニーは終わる・・・・・・

 そして私は、この後はきまって、自己嫌悪になって落ちてゆく
「あー父の言う通りだ・・・・私が、甘えているんだ・・・・・」と負のスパイラルから抜けられなくなる。
だから、こんなことがあった日には無理しても、喫茶ひまわりへ行って愚痴を聞いてもらっていたのだった。
自宅へ向かいながら、
私、何やってるんだろ・・・・何か見つけたいと言って、ただ現実から逃げているだけなんじゃないか・・・・と思った。

 「ただいま・・・」
自宅へ着いた、誰もいないと分かっているが、声をかける。
そうだ、と思い、私は父の書斎を覗いてみる、何年ぶりだろう・・自分でも忘れる程に父との距離が遠くなっていたのだった。
書斎は父の性格のように、きっちり片づいていた。
「流石だね・・・お父さん・・・」とつぶやく。
壁側に書棚がある、専門書だろうか綺麗に番号順に並べられ、また背表紙の高さ順に揃えられている棚もある。だが、一番下の段が1冊分抜き取られてる隙間に目が止まった。
「え?意外だなぁ・・・」どこかに置いてあるのかな?
書斎の窓側には、庭を見ながらくつろげるようにとガラステーブルを挟んでソファーが2脚置いてある。そのガラステーブルの上に開いたままの、見覚えのあるアルバムがあった。
私の子供のころのアルバムだった。
あの隙間はこれだったのか。

 私の生まれた85年は、現在の携帯電話の初期型ショルダーフォンと言うのが発売された時期でもあったが、カメラ機能などは搭載されていなかったから、やはりフィルムカメラで撮影をしていた時代だった。
開かれたままのページには、あの公園でブランコや遊具で遊んでいる楽しそうな私が写っていた。セルフタイマーで撮ったのだろうか、父と頬っぺたをくっつけ二人が楽しそうに映っている写真もあった。
「お父さん、ここへ座って、これを見ていたんだ」
「・・・・・・・・・」
 向かい合わせで乗るブランコに座って
「美樹は大きくなったら何になる?」と父が聞いて、私がこの時に
「大きくなったら、お父さんのお嫁さんになる」と、こんなこと言ったことをその写真を見てはっきりと思い出した。
「あの公園へ、何度も二人で行っていたんだ・・・」と、またつぶやく。
二人で写っている日付の違う写真が何枚も張ってあった。
父の字で写真の下のラベルに
【今日も美樹の好きな二人乗りのブランコで】
と書き込んである
「お父さん・・・・・・・・」
お父さんと向き合わなきゃ前へ進めないんだ。
机の上のメモ用紙へ、
「お父さんへ、勝手に書斎へ入ってごめんなさい、アルバム見ていたんだね・・・今度、お父さんがお休みの時、一緒にあの公園へ行きたいんだ、ダメかな」
と書き書斎を出た。

《続く》

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