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ドアの向こうへ vol.22

~母、清子と再び~

 その時、また写真立てがカタリ、コトリと鳴って、何か白い煙のようなものが、立ち上がって来た。
「いいわね、娘とお酒が飲めちゃって・・・」と声が聞こえて来た。
「え。清子か?」
「え。お母さん?」と二人同時に叫んだ。
それは紛れもなく母の姿だった。

母はそのまま歩いて来て父の隣へ座った。
次第に、母の輪郭が、はっきりしてきて、とうとう完全に生前と同じ姿になった。
「もう、そんなにじろじろ見ないで、お化けでも見るように・・・あぁ、いいのか、それで」って、ペロって舌を出して笑っている。
「・・・お母さんたら、やっぱ面白いね」と父を見ると、涙でぐちゃぐちゃになっている
「・・・・・・・」
「あららら、崇さん、浅枝くん、泣かないの」と母に頭を撫でられている。
「・・・お父さん良かったね・・・」と私も笑いながらもらい泣きしている。
「二人とも、ごめんなさいね、ちゃんとお別れも言えなくて・・・でもね、いつでも、二人の事は見ているから、心配しないでね」
「心配って、清子、おかしいよ、それ・・・ははは・・・」と、父が涙を拭きながら笑って言った。
「そう言われれば変だわよね・・・」と、母も一緒に笑っている。
いいなぁ、このふたり、とつくづく思った。

 一緒に暮らしている時は全く分からなかったことが、親元を離れて暮らしたことで、家族の良さが分かりかけて来た。失くして分かった大切さも実感した。
「お母さん、ホントに押しかけちゃったの」と私が聞くと。
「そう、崇さん一人暮らしだったから、もう何だか痩せっぽちのヒョロヒョロで、見ていられなくなっちゃって、ね」と父を見ている。
「お母さん、あの、柿崎さんて、そんなに凄かったの」と聞いてみた。

「あぁ、柿崎君ね。凄かったけど、私は苦手だったなぁ、何か、俺、凄いだろう感が出っぱなしだったから」
「やっぱ、そんな感じ出てたんだ」
「そう、だから、まじめに落語に向き合う崇さんの姿にだんだん惹かれちゃったのかなぁ」と言うと父が、うんうんと頷いている。
「お母さんは、いつごろから、落語を聞いていたの」
「私の母が落語好きで、お店にぶら下がっていたラジオから良く流れていたの」
「そうか、ラジオからかぁ・・・」
「そう、いつも、笑っていたわね、気前も良くって、お客さんが買ってくれた量より多いおまけも良くつけていたっけ」ここまで言うと、
あ、私にも一口頂戴と言って、父のホットウイスキーを飲んだ。
父は、え?飲めるんだ、お化けでもってと、不思議そうに呟いている。

そんな、父の方を見て笑いながら
「母ったら、私が崇さんと結婚したら、お店をスパッとやめちゃって、なぜか突然、石垣島で農業やるんだって移住しちゃった、凄い人でしょ」
「そうだったんだ、それで、たまに、石垣島のマンゴウやパイナップルが送られて来てたんだ、なんでかなぁって思っていたけど、そういうことだったんだね」
「私も崇さんも、自分達の親の事は話してなかったから、知らないのは無理もなかったわね」

「おばぁちゃん・・・は今も元気なの?」
「元気だと思う・・・て言うのは、お母さんがね、石垣に観光で来ていた大富豪のイギリス人にプロポーズされちゃって」
「えぇ、そんな映画みたいな事ってあるんだ」
「石垣を離れる時に、結婚相手は世界中を船で回っている人だから、生きてりゃまた逢えるって、旅立って行っちゃった」と、笑って言った。
「すごいね、おばあちゃんって」私は、ほんとに驚いた。
お母さんも凄いけどその母はもっと凄くて、カッコいい女性だ。

「だから、今回のことも連絡が取れないから、申し訳なくてさ」と父が言うと
「大丈夫よ、母は人間いつかは死ぬんだ、だからどう生きるかが大切だっていつも言っていたから、気にしないで」と優しく言った。
私はお母さんの分のホットウイスキーを作ってグラスを置いた。
「ありがとう、由美ちゃん、この状態って、喉が結構渇くのよ・・・」
「清子さぁ、その状態でも、酔っぱらうの?」と父が真顔で聞いている。
「それは同じよ、ただ酔っぱらって管を撒く人達は向こうの世界ではいないけどね」と、ウィンクして見せた。
「そうか、あちらの世界は、愛で満ちているって聞くもんなぁ・・・」と私が言うと
「そう、素晴らしい世界よ、でも、早く来なさいとは、言えないの、だって、その人一人一人の役割の時を経ないと来られないから・・・」と言う。

「だから、崇さんも由美ちゃんも、やりたいことをやって生きて行ってね、いつでも二人の事を見守っているから」
「さぁて、そろそろ、行かなくちゃ、あちらの世界でも門限みたいなものがあってね」と言うと、だんだん、母の姿が薄くなり始めた。
「お母さん、今日もありがとう」
「清子、またな」とそれぞれに声をかけた。
そして、母は優しく微笑んで、手を振って消えて行った。

《続く》


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