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ドアの向こうへ vol.7

          ~壊れてゆく 美樹~

そのころ美樹は、まだベッドの中にいて起
き上がれずにいた。
煩わしい夢を見た事よりも、今日のプレゼンが出来なかったことへの自戒の念に苛まれていた。
「あぁ、あの時もっと」
「どうして、ちゃんと確認をしなかった」
「業績を上げようと焦っていたからか」
「淑子への当てつけか」
こんな自分が許せない、情けない、大事なプレゼンに穴をあけ、社員として一番あってはならないことをしてしまった。
こんなことを、何度も何度も頭の中で繰り返していた。知らずに涙が溢れて、たまらなくなり、布団を被って大声で泣いた。泣いても泣いても、涙はとどまることを知らずに、あとからあとから、とめどもなく流れた。
泣き疲れて眠ってしまったらしい、スマホの時計は午後2時を過ぎていた。
「さぁ、美樹、起きなきゃ、こうしていたって何にも解決にならないわよ」と言い聞かせるが、体が反応しない、
「ふん、どうせ、起きたってやることないんだし、いいかこのままで」こんな声も頭の片隅から話しかけてくる。
それでも、重い体を無理やり引き起こしベッドから這い出た。
 

 洗面台の鏡に映ったのは、蝋人形のような自分の顔だった。
心配して母親が
「大丈夫、美樹ちゃん、会社で何かあったの朝方帰ってきてそのまま寝ていたから・・・」こう聞いてきた。
「大丈夫、残業続きで、疲れていたので、今日はお休みもらったの」と無理に笑って見せた。
「そう、それならいいんだけど、無理しないでね。お昼ご飯何か作ろうか?」
「ありがとう、お母さん。食欲があまりないから、今は食べない、ごめんね」
「そう、わかった、何か食べたくなったら、降りて来てね」そう言うと母は居間へ戻って行った。
 部屋に戻るとスマホから着信音が鳴った。ロック画面へは、いくつものお知らせのアイコンが並んでいるが、今は見る気が起きない。美樹はスマホの電源を切った。
 
 本棚にある卒業旅行アルバムを取り出して床に座りベッドへ寄り掛かって開いた。スマホへ納めた画像を数十枚選んで、それをそのままネット注文すると体裁よく印刷してくれるアルバムだ。
美樹、淑子とそして吉影も一緒に、行った旅行だった。
「ねぇ美樹、行先は、海外にする?」
「え?、あ、卒業旅行ね・・・・う~ん、それもいいけど、故きを温ねて新しきを知るってことで、京都のお寺巡りなんてどう?」
「吉影くんはどう?」と美樹が聞いた。
「頑固な物作りのマイスターへ逢いにドイツへ行ってみたいけど、頑固な造形ということなら神社仏閣も引けを取らないから、京都もいいんじゃないかな?」と吉影は言う。
「わかった二人がそういうなら、京都で決まり! あ、でも、大阪のテーマパークもスケジュールへいれてね」と淑子も京都行きへ賛成した。
「えー、何あの後ろ向きで乗るやつ?」
「うん、それもいいけど、やっぱり、宙吊りになって何回転もするのに、乗ってみたい」
こんな会話をしていたのを、つい昨日のように思い出した。
「おっと、俺はその手は、遠慮しておこっかなぁ」
「えー男子って結構ジェットコースター苦手って言うけど、ピンちゃんもなんだ」と、吉影を二人でからかったりもしたっけ・・・・
吉影一でピンって呼んでたよな・・・・・
海外へ出張中って言っていたけど何処へ行ってんだろう?
 
 美樹は全く気が付いていなかった。淑子と吉影が付き合っていたことも、彼の3年前の起業のスポンサーも淑子の父親からの支援だったという事、それは淑子と結婚することを前提とした支援であり、ゆくゆくは会社を託すつもりでもある事をも。淑子と5年一緒に仕事をしてきたのに、そんな恋愛事情に鈍感な仕事ばかりの美樹には無理もなかった
 だから、美樹は今でも、肩書が付いたり起業しても卒業旅行のあの3人は未だに健在だと、アルバムの中に一緒に映る3人の笑顔は永遠だと思っていた。
 旅行最後の夜、海の見えるホテルの最上階のレストラン、お料理のオーダーの時にウェイターへ卒業旅行で訪れたことを告げると、
「こちらは、皆さまへ内の料理長からのお祝いです」と白ワインとアクアパッツァを先に運んで来てくれた、
あの時は、おおはしゃぎしちゃったよね。
おいしかったなぁ・・・・・・・・・・・

 
「ねぇ、美樹、乾杯しよ、乾杯」
「え?いいわよ淑子、じゃ、何に乾杯する」と吉影を二人で見る。
「そりゃ、もちろん、3人の新しい門出と友情にだろ」
「え~何だか、ダサ~~イ 青春ドラマのセリフみたい。ね、美樹」
「ふふふふ、しょうがないわよ、昭和生まれなんだから、あははは」
「チェッ、何とでも言えよ、ま、ともかく、カンパ~~~~イ」
それから3人で将来の自分の姿や恋愛論など
いろいろな事を語り合っていた。
と、突然
「ね、美樹、私たちこれで、帰るわね」
「え?、私たち?」
「何?寝ぼけてんの、今日は私たち二人の結婚パーティーじゃない」
そう言って淑子と吉影が笑った。
「美樹、ワイン飲みすぎたんじゃない、はい、お水飲んで」
「あ、ありがと、あれ?卒業旅行じゃなかったっけ?」
「やだ、美樹ったら、やっぱり飲みすぎよ、さぁほら、お水飲んで・・・・」
「え、うん、そうね」
美樹は水を飲みながら周りを見渡した。淑子の両親の姿も見えた、OSOBANIの社長もその隣でワイングラスを片手に談笑している。
そうか、二人は結婚したんだっけ・・・・・
「美樹、車呼ぼうか?一人で帰れる?」
「ありがとう淑子、もう、大丈夫だから」
「良かった~~~、じゃ、行こっか、はじめさん」
そう言うと、二人は、その最上階の屋外のレストランのフェンスを、あっという間に乗り超えて飛び降りた。
「えっ、ちょ、ちょっと、淑子!!!!!、何やってんの!!!!」
美樹は慌てて、落ちて行った二人の姿をフェンスから乗り出して目で追うが、暗くて良く見えない。淑子の両親や周りへ知らせようと大声で叫ぶ、だが声が出ない、何度も声を上げているのに、声になっていない、ただただ、口を大きく開けているだけだった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、フェンスを握ったまま、しゃがみこんでしまった。
「美樹、どうしたの?顔色悪いよ」
驚いて振り返る
「えぇ?・・・・よ、淑子」
「美樹さん、飲みすぎだって」隣に吉影も立っている。
「吉影君!」
「い、今、そこ、から。飛びおり、たんじゃ・・・・」美樹にはもう何が何だか分からなくなっていた。
「そうよ(そうだよ)」淑子と吉影二人の声が重なった時、二人の体がグニャリと曲がってその場へ倒れた。倒れた場所が赤く染まり出した。
その血だまりの中で、二人は、
「美樹さん、飲みすぎよ(飲みすぎだ)」
「今日のパーティーへ来てくれてほんとにありがとう(ありがとう)」
美樹は言葉に出来ない恐怖と二人のグニャグニャの姿に体の震えが止まらない。あまりの惨たらしさに、両手で顔を覆った、そこへ、
「美樹さん、どうしたの、そんなに震えて、・・・これが必要なんじゃない」
淑子の声だ。手にフィラメントが握られていた。
「よしこ、いえ、部長、そうです、そのフィラメントがないと、明日のプレゼンが出来ないんです」
「そうなの、でも、これも私たちみたいに、ここから飛ばすわね」と淑子はフェンスの外へフィラメントを放り投げた。
「何するんですか、部長」
ビルの端へ引っかかった。美樹はフィラメントを掴もうとフェンスによじ登り片腕を伸ばしたその時、
「手伝ってあげるわね」と淑子が美樹の体を押した。
「あ!何をするの、淑子」振り向いて交わそうとするがバランスを崩し、美樹はフィラメントと一緒に、悲鳴を上げて落ちて行く、
「あ、今度は声が出た、助けを呼ばなきゃ」美樹は思いっきり声を上げた
「ぎゃー・・・・・・・」

 
 その声を聞きつけて、母親が慌てて部屋へ入って来た。
「美樹ちゃん、美樹、大丈夫?」
「あぁ、お母さん、私、生きてる?」
「え、美樹、どうしたのよ、いったい」
「怖い夢を見た、これは、現実なのかな?」美樹は震えながら泣き出した。
美樹を優しく抱きしめ
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、美樹ちゃん、生きているわよ。ほら、お母さんが抱っこしてあげるからね」
30分ほどずっとそのままだったが、落ち着いたのか、美樹は、昨夜から今朝にかけての会社での事を話し出した。そんなことから、変な夢も見たことも全部打ち明けた。
「そう、大変だったわね、美樹。お仕事、辛かったら辞めたっていいのよ」
「ありがとう。お母さん、2、3日お休みしたら、大丈夫だと思うから」
美樹は母の腕に抱かれながら、落ち着いた声で応えた。

《続く》

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