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ドアの向こうへ vol.15

~達彦の新しい出発~

映画の帰り道に達彦は自分のことを多恵に話をした。

「わぁ・・・羨ましいな、何やってもいいなんて言ってくれて」
「そうなんですか?親方や女将さんは、多恵さんへはなんて?」
「両親には、後を継げなんて言われてはいないけど・・・どうしたらいいのか考えてしまうんだ」
「大学は後1年、通うけど、卒業後の進路を、まだ決めていないの」
「多恵さんの、やりたいことは何ですか?」
「・・・・・・それなんだ、それがまだ、見つけられないの・・・・」
そう言って多恵はため息をついた。

 午後の日差しが、二人の足元へ影を落とし、また二人は無言のままで歩き店の前に着いた。
 そこで多恵は繋いでいた手を離した。
「今日はありがとう、達彦くん」と多恵が言う。
「こちらこそ、ありがとう、また、行きましょう映画、そして、ディスコも」俺は照れながら言った。多恵は
「うん、また行こうね、じゃぁね、バイバイ」
そう言うと、店の脇から母屋の方へ入って行った。

繋いでいた手の感触が残っている。
今俺は、確実に、にやけているはずだ・・・
誰かに見られないように、と思った時、
ガラリと店の引き戸が開き吉岡と新山が出て来た。
「おぉ、お疲れ様・・・」と声をかけたが、
二人とも、バツの悪そうな顔で軽く頭を下げて、俺の脇を通り抜けて行った。

「ただいま帰りました。親方ありがとうございました」
「おぉ、達彦か、おかえり、多恵に逢ったか?」
と親方は、にこやかな顔でこう聞いてきた。
「え?、どうしてそれを・・・・ハイ、一緒に映画を観てきました」
ちょっと、びっくりしてこう応えると、親方が
あははは、と笑って
「いやさ、今日あの吉岡と新山が来るから、その時に、達彦へ付き合って映画でも行ってきなって多恵に言っておいたのさ」
「あぁ、そうだったんですね」
そうか、だから、店の外で声をかけてくれたんだ。

「どうだった、達彦、楽しかったか?・・・・それから、多恵可愛いかったろ・・・親バカですまねえな」とまた、あはは、と笑っている。
親方のこの笑顔がとても好きだった、思わずつられて、こちらも笑ってしまった。
「ハイ、俺、田舎者だから、何にもわからないので、いろいろ教えてもらって・・・親方、た、多恵さん・・・・その、あの、可愛いっす・・・・」
俺は顔が赤くなるのが分かった。
「何だ、達彦、何、赤くなってんだよ」と親方は俺のそばまできて、俺の左胸のあたりを軽くつついた。

「あ、・・・いや、あ・・あの。その・・」
「一人娘でわがままだけど、また、付き合ってやってくれな」
と親方が言ってくれた。
「親方、こちらこそ、ありがとうございました、こちらこそよろしくお願いします」と応える。
「何だか、祝言の挨拶みたいじゃねえか?」と、
今度は大声で親方は笑った。

「祝言って・・・親方・・」
俺は、ますます赤くなってしまい、あわてて床の掃除を始めた。
「あはは・・・・わかりやすいな、達彦」
「そうだ、そこ終わって手が空いたら、相談があるから、こっちへ来てくれるか」そう言って親方は奥へ入って行った。

 何だろう?吉岡と新山の事かな?
それとも、手を繋いだりしたことを・・・いやいや・・・親方のあの感じだとそうではないと思うけど・・・・・

「親方、掃除終わりました」奥へ入って声をかけた。
「おーお疲れさん、まぁ入ってくれ」
ガラス障子を開けて部屋へ入る、親方の隣に女将さんも座っていた。
「女将さん、今日はお時間いただきありがとうございました」
「どういたしまして、多恵も、とても楽しかったって、言っていたよ、こちらこそ、ありがとうね」そう言って女将さんはお茶を淹れてくれた。

「達彦も察しがついてるかもしれねぇが、あの吉岡と新山のことだけどな・・・あの二人にはここを辞めてもらうことにした」と親方が言う。
「二人とも自分の店を持ちたい一心で、ここで修行し、その資金を工面するためだと思い、バイトも見て見ぬふりをしていたが・・・・」そこまで言って、ちょっと黙り込んだ。
「皿洗いや、掃除のバイトならまだ、許せたんだけど、そのバイト先で包丁握ったらしいんだ・・・・」
「あいつらは、まだ修行の身だ、それなのに料理を振舞うために包丁を握っちまったのは、やはり10年早え・・・・わかるだろ達彦、その辺のところ・・・・」
親方がこう問いかけてくる。
「握っちゃいけねぇとは言っていねぇ、ただそれを他所でやっちまうのは、そのお店のお客に失礼なんだよ、そんな事は結果的にその店の評判も落とすことになるんだ・・・」
「まだ、3年、彼らはもう3年と思っているかもしれないがね、まだまだ、人様の前へお出しする、さばきは無理なんだよ」
じりじりと縁側の窓から日差しが差し込んで室内が暑くなってきた。

「暑くなってきたね」そう言うと
女将さんが立ち上がって窓を開けた。
風が通り抜け、遠くで踏切の警報が鳴り電車の通り過ぎる音も入り込んできた。
親方が続けて話し出す、
「たまたま、そのバイト先の店へ、出向いた、ここのごひいきの岡部さんが二人を見かけたらしくて、その店の店主が、新入りの板前が入ったっていって紹介したらしい」
座り直した女将さんが、
「吉岡と新山は、ごひいきさんの顔なんか覚えてないから、随分と調子の良いこと言ったらしいのよ・・・・達彦さんみたいに、ちゃんと顔と名前を覚えていれば、すぐに分かったはずなんだけどね」
「で、この事を岡部さんから連絡もらって、今日、二人を呼び出したってわけさ」
俺は何だか、二人のその行動が信じられなかった、そしてまた修行の厳しさを改めて実感した。

「それでな、ここからが本題なんだよ、達彦、今日から、俺と一緒に厨房へ入ってくれないか?」

「え、親方、俺まだ、包丁をちゃんと握れません」
「大丈夫だ、俺がさばいているところを見ながら覚えりゃいい、そして、お客様の前で、やりながら覚えていけばいい、何かあったら、俺がついてるし、責任は俺が取るから、心配すんな・・・・」
俺は嬉しさと、不安の混ざった顔で
「・・・・・親方・・・俺にできますかね?」
俺は怖くて、とてもすぐにやりますとは言えない。

「達彦さん、あなたなら、大丈夫よ、あなたのお客様への接し方をみていて分かったの、達彦は出来るって」と女将さんも言ってくれている。
「そうだ、うちのやつが言ってるんだから、間違えねえぞ、達彦」
親方は真っ直ぐ俺を見る。
そして、
「料理も接客も、もてなすって意味では全く同じだからな」

「ありがとうございます、親方、女将さん、一生懸命修行しますんで、これからもよろしくお願い致します」と俺は畳へ額を着け頭を下げた。

「いやいや、こちらこそよろしく頼むな」
とそう言うと親方は優しく肩を叩いてくれた。

《続く》

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