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ドアの向こうへ vol.14

そこへ、
「達彦さん」と声をかけられた。
ふり返ると親方の一人娘の多恵だった。
俺と同じ年だが、彼女は大学生だった。
「こんにちは、多恵お嬢さん」
「その、お嬢さんはよしてよ、多恵でいいから・・・・」と笑っている。
「今日はお店お休みなの?」と多恵は続けた。
「いえ、お嬢さ、あ、いえ、多恵さん、吉岡と新山が親方と話があるみたいで、映画でも見てこいって言われたんです」
「あら。あの二人ね・・・・そうか、私も映画へ行こうと思っていたから、一緒に行こう」
「いやいや・・・・・そんな、滅相もない、親方のお嬢さんと出かけるなんて・・・・」
「ほら、また、お嬢さんて・・・いいじゃない映画くらい一緒に観たって、それに達彦さん、映画館の場所知らないんじゃない?」
「あ、あ、そうですね、言われてみたら、俺出かけるのお店のお使い以外行かないから、全くわからなかったです・・・・」と頭を掻いた。
「それなら、決まり、一緒に行きましょう」
言うより早く俺と腕を組んで歩きだした。
「いや、ダメですよ、こんな腕組んだりしては・・・」と離そうとするが、
「あら、あら、達彦さん顔赤くなってるじゃない、女の人とデートしたことないの」と言って顔を覗き込んでくる
女性と並んでしかも腕なんか組んで歩いたことがないから、ドキドキしていた。
「か、からかわないでくださいよ・・・あ、ありますよ、デートくらい」と見栄を張った。
「またぁ、うそばっかり言っちゃって、腕も足もガチガチになってるじゃない」
「あ、そ、そんな、こ、ことないっす」
と言えば言うほど、顔はほてり、ぎこちなくなっていた。
「す、すみません、多恵さん、は、初めてっす、こうやって歩くこと・・・・・」ぎこちない足取りのままこう答えた。
「そうそう、正直でよろしい、あははははは・・・・・・」と多恵が笑ったのにつられて俺も
「あははははは」と笑っていた。

「ねぇ、達彦さんはジョントラヴォルタって知ってる?」
「え?プロレスラーかなんかですか?」
「違うわよ、映画俳優よ、その彼が主役の映画を観てみない?」
「はい、全くその辺りは、知らないので、お任せします」
店から20分程歩くと繁華街へでた。
テレビでしか見たことのない、歩行者天国というヤツで繁華街の通りは人、人、人で溢れかえっている。
「今ね、ディスコでダンスをすることがとても流行っているの、その、ディスコダンサーのサクセスストーリーの映画なんだ」
「サクセス?」
「成功した物語りってことかな」
「多恵さん、俺、ディスコはと言う言葉は聞いたことはありますけど、どんなんだかは良く分かりません」
「そうだよね、仕事ばかりだしね。今とっても流行っているダンスでそれをを踊りに夜な夜なディスコへ通っているクラスメートたちもいるのよ」
「あぁ、ディスコはその踊る場所のことなんですね・・・、多恵さんも踊るんですか?」
「え、アタシ、えへへ、夜な夜な通うほどではないけど、まぁひと通りは踊るわよ」
「ひと通り?・・・いろんなダンスがあるんですか?」
「そうね、うまく説明できないから、今度のお休みの時でも、踊りに行こ」
「え、だ、だめですよ、俺、踊れませんって」
「何言ってんの、同い年でしょ・・・恥ずかしがらずにやってみなきゃ、ね」とまた、俺の顔を覗き込む、
またドキリと胸がなった。何だろうこれは・・・・
「さぁ、ここよ」俺たちは映画館の前へ着いた。
多恵は「学生二枚」と言って受付でチケットを買って、また俺と腕を組んで館内へ入ったロビー正面には、右手を上げた白いスーツ姿のポスターが貼ってあった。視線がくぎ付けになった。
この白いスーツ姿の男がそのジョン何とやらなんだな・・・・・
何だかすごいリズムの音がロビーまで洩れて来ている。
「次の上映時間まであと15分位だから・・・何か買ってくるから、ここで待ってて」
「え?何かって?」俺の田舎では、ゆで卵と牛乳だけだったぞ・・・都会は違うな?
両手に余るほどに抱えて多恵が戻って来た。
「はい、これとこれ」と言ってポップコーンとコーラを差し出した。
「あ、多恵さん、映画のチケット代とこの代金いくらです?」
「いいわよ、今日は付き合ってもらったから、私のおごり」
「いや、親方から小遣いもらってますから、そういう訳にはいきません・・・・」
「いいから、いいから、気にしないで」と笑いながらポップコーンを、ひとつかみ口に放り込んだ。
そうか、そうやって食べるんだ・・・
真似して食べてみる・・・・・バターと塩味が効いてる、こんなに美味いものなんだ・・・・
上映時間になって席へ座る、当然、隣同士だ、
ストーリーは展開していくのだけれど、腕を組んだ時よりもより一層腕がくっついていることに気持ちを奪われ、肝心の映画の内容が、さっぱり頭へ入ってこない。
 さっきまでは、多恵のことをまともに見れなかったけど、スクリーンを食い入るように見ている横顔を見てると、とてもかわいい顔をしている。見つめていることに気が付いたのかこちらを見て笑った。またまたドキリとした。
「ちゃんと、映画を観てるの、達彦くん」
と言って、ポカンと空いた俺の口の中へポップコーンを放り込んだ。
「あ、あぁ・・・・観てるよ・・・」
いや、見ているのは多恵の顔ばかりだ。
 エンディングテーマにのってスクリーンはエンドロールが流れてすべてが終わり、場内が明るくなった。
「ダンスキマってたよね」
「こうだろ」と椅子から立ち上がって、あのポスターと同じポーズをしてみた。
「わ、やだぁ、ぜんぜん違う・・・・あはははは」
「へへへへ・・・・」

「多恵さん今日はありがとうございました。初めてのことばかりで、楽しかったです」
「どういたしまして、こちらこそ、また映画付き合ってね」
「あぁ、俺なんかで良かったらいつでも・・・・」
「お昼過ぎたけど、何か食べて行く?達彦くん?」
「はい、そうしたいんですが、店の準備もあるので、今日はこのまま帰ります。いろいろご馳走さまでした、多恵さん」
「そうか、じゃぁ、私も一緒に帰る」
そう言ってまた多恵は腕を組んで来た。
「あの、嬉しんですけど、このこれ・・・・」
「けど、なぁに?」
「やはり、俺は店の使用人ですから、その、なんていうか、あまりこういうのはどうかと・・・・」
「そうなの?・・・・」
「はい、すみません・・・」
多恵は腕を組むのをやめた。
これならいいでしょと今度は手を繋いで来た。
「え?・・・・」慌てて手を離した。
「大丈夫よ、腕を組んだり、映画を一緒にみたりしても、両親は達彦くんのことを叱ったりしないから・・・・」と笑って言って手をまた繋ぎなおした。
しばらく、無言で俺たちは歩いた。
「多恵さん・・・・」
「なぁに」
「俺、男兄弟の三番目なんです、高校を出たら、ともかく家を出たい、都会へでたい、そんな思いだけで、親方の所へ来ました」
「そうか、お兄さんがいるんだ、いいなぁ、私は一人っ子だから、あこがれちゃうなぁ」
「三番目ってこともあって、親もあまり期待してないから、何やっても食っていけたらいいくらいでしたから。

《続く》

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