見出し画像

旅することは、プカプカすること。

「趣味は海外旅行です」

今までは年1は海外に行っていて、「趣味は?」と聞かれると躊躇なくそう答えていた。が、そういう時代が終わりを告げ、早1年。ふとした瞬間に旅に行きたい!とした衝動に駆られるも、スマホをスクロールして消えていった数秒前の情報を覚えていないのと同じように、そんな衝動もすぐに過ぎ去っていく。

そしてここまでご無沙汰だと、果たして未だに趣味と呼んでいいのか少し疑問にすら思えてくる。

私、なんで旅するのが好きなんだっけ。。?改めて考えた。

***

最後の海外旅行は16ヶ月前。以前の会社をやめようとしていた頃で、その仕事をしているのが苦しくて辛くて、出社するのがやっと、という精神状態だった気がする。

見えないヘドロが重くへばりつき、身動きのとれなくなってしまった自分の精神衛生のリセットと、あまり使っていなかった有給消化も兼ねて、旅を敢行。行きと帰りのチケット、宿だけ手配して飛行機へ乗り込んだ。

その日の予定はその日に決める、そんな旅だった。本屋で買った本と、パン屋で買った30cmぐらいありそうな長いサンドイッチを買い、近くの公園に向かう。少しサンドイッチをかじっては本を読む。行ったことのない美術館にふらりと入ったり、オーケストラのコンサートに行ってみたり。疲れたら昼寝に戻ったり、寒くて外に出たくない時は旅先なのにnetflixを見て籠もっていたり。

何をしても誰からも何も言われない、思われない。そもそも誰も自分のことを知らないし、何かをしてほしいとも言われない。そんな場所で時間を過ごす中で、少しずつヘドロが溶けていき、息がしやすくなっていった。

こうやって動いたら効率いいなとか、後々自分が楽だなとか、高速で流れる社会や情報の中でどうしたらスムースでいながらも流され過ぎないでいるのか。そんな邪念から解放され、ああ、私はこういう人間だったなぁ、と自分のペースを取り戻していった。

でも、これは私だけじゃないはずだ。

皆、流されまいとして力みすぎて、力の抜き方が分からなくなってたりしないだろうか。泳ぐ時だってそうじゃない?体に力を入れすぎると沈んでしまう。だから力を抜いて、私は本来はこうやって泳げるんだな、プカプカ浮いて流れていけるんだな、と確認する。

鎧を抜いで、肩の力を抜いて本来の自分に戻ってプカプカしていいよ、と言ってあげるために旅をする。

***

でもここでふと思う。これは旅行じゃないとできないことなのだろうか。

否。

海外にいる時ほど簡単ではないだろうけど、できなくはない。あのプカプカしている状態をどうやって今、作り出せるか、これが大事なんじゃないか。だって私は旅をしてる時に気づいたから。陽の光と、公園と、本があれば、私の沈んでいた体は少しずつ浮き始める。

だから今週末は陽の当たる近所の公園でピクニックをしよう。読みかけの本を持っていこう。フルーツやサンドイッチ、チョコレートやコーヒーをカバンに詰めて、思い切ってスマホは電源を切ってしまおう。そして少しずつプカプカすればいいのだ。

via Pinterest

P.S.とか言っておきながら、一日も早く以前の様に自由に旅ができる日々が戻ってくることを願ってやまないけどね

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?