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恋をしている


魔法にかかりたい。空は魔法だと思う。移り変わる度に美しいから、私はずっと遠くを見つめてしまう。貴方みたいに。

だけれど、私は貴方に「美しくなくてもずっと好きだよ。昔からずっと、好きだったよ。」と、いつだって伝えたくて仕方がない。

相変わらず愛ってどうすれば伝えられるのだろうか、そんなことばかり考えている。




私の周りには看護学生の友人が多くて、地元で一番仲が良い子、高校で一番仲がいい子、それぞれ看護師になるのでびっくりする。病気になってもすぐ元気にしてもらえそう。ありがたいね
地元で一番仲の良い、付き合いの長い子から先日臓器クッキーを貰った。「看護学生の使命やろ?」とよくわからないことを何故か自信満々に言っていた。セリアに型が売っていたらしい。何でも需要はあるものだな、と思いながら美味しくいただいた。超美味しかった。ありがとう。

国試が終わってやっと遊びに行けた日にそのクッキーを貰ったんだけれど、帰りの電車ではずっと恋愛話。テンションがずっと修学旅行の夜。うまく言えないけれど、こういう友人って本当に大切にしていかなきゃね。
この日のテーマは「愛される方が向いてるか、愛する方が向いてるか」だった。友人は愛される方が向いてて、私は愛する方が向いてるよね、という話。彼女みたいに愛される方が幸せってわかってるんだけどな、愛していく性格なんだよな~。彼女は知ってるよと笑っていた。
もう一つ議題に上がったのが「恋人がいると自己肯定感は上がるのか」という話だった。これが結構気付きというか、自分の立場から改めてよく考えることが無かったので面白くて。
一般的に恋人が居たら自己肯定感が上がる、というのが大半だと思う。実際に彼女もでろでろに甘やかされて愛されて生きていることに加え人の意見に左右されやすい性格が相まって「彼氏に可愛いって言われ続けてほんまに可愛い気してくるんよな。友達も言ってくれるし。私は可愛いが他人軸やから周りのみんなのおかげでめっちゃ自己肯定感上がる。」とか。なんとか。もちろん悪い影響も受けやすくなってしまうわけではあるけれど、お得な性格やな~って。
私はどこまでも彼女と反対だから、彼女のように生きていくための必須条件でもある愛嬌は全然無いし、美の基準が自分の中で拘りとして構築されつつあるから周りに褒められても自分が自分のことを「可愛くない」と思ってしまったらずっとそのままで。否定されてきた環境も一つの要因ではあるんだろうけれど、やっぱり性格が強いのかな。

でもね、大好きな彼に可愛いと思ってもらいたい、それとこれとは別。「可愛い」と言ってもらえること自体は嬉しいんです。捻くれてるよね。

私はずっと、恋をしていたいんだと思う。それは私自身に対してもそうだし、もちろん彼に対しても。好きでいたい人には恋をしていたいし、恋をしているからこそ、嫌になってしまう時があったり、とびきり嬉しくなったりする。

だからやっぱり私は「愛される」よりも「愛する」方が向いてるんだろうな。この先もずっと。



愛するってどういうことなのか、愛を伝えるにはどうしたらいいのか、それらをずっと考え続けながら、愛おしい彼のこと、家族である犬のこと、大切な友人のこと、これからもエンジン全開で愛していきたい。愛ある人生で踊っていたい。できることなら貴方と。それが今の私の目標です。


今日も恋をしている、もうすぐ春に行く。






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