ショート小説「帰省願い」

ふらっと、なんでもない時に、この世から立ち去りたくなる衝動がやってくる。


帰りたい。帰りたい。概念の海に帰りたい。
ここにいる自分より、あちらにいた時の自分はもっと満たされていたように思えるから。

この世は生き地獄で、見るも無惨な日々が置いてあり、己はそれを拾い食らって生きていかねばならない。


こちらへ来る際、誓ったのだ。誓ったのだから、やり通さねばなるまい。最後まで足掻かねば、きっと後悔するのだろう。


だが、生きづらい。人々の目が己を見る時に異物だと言っているのだ。
馴染めない。お前が望むであろう答えを与えたのになぜ嫌悪する。
恥でしかない。なぜこんなにも生きるとは辛いのだろうか。

辛抱たまらん。帰りたい。たゆたう藻屑のひとつとなり、殻に籠って外など見ず、永遠の安寧に守られていたい。


自分をこの世に留めているのは、誓いを守るための他ない。帰りたい。帰りたい。まだ、帰られない。


[完]

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