ショート小説「つぎはぎ人生」

我が身に被さる数多の布を、鋏で以て細かく裂きます。そうせにゃ女の細腕じゃあ、布の重みで碌に動けやいたしません。
たった今、ひと口に布と申し上げましたが、種類のほどはぎょうさんとございます。

おやまぁ、あなた様。種類を詳しくお尋ねになりましたか。枚挙に遑がのうございますが、よろしゅうございますか。
ははァ、なんとも奇特なお方でございましょう。語り手が女の私で不足もありましょうが、この長い夜の御慰みのひとつとしてどうかお納めくださいませ。
--申し申し奉ります。

我が身に被さるこの布は、端切れ布と縫い合わせ糸であつらわれてございます。
端切れ布の素材・色・柄・大きさ・厚み・手触り・編み方・質。
縫い合わせ糸の素材・色・太さ・手触り・撚り方・質。
すべてを組み合わせを考えまするとその数、那由多にだってなりましょう。

さてはてどこから話したものか。ここは端切れ布の素材から詳しく参りましょう。

まずは綿、麻、サテンにウールや天鵞絨それからオーガンジー、天竺、ジャーガード、リブ、パイル。忘れてならぬは、お蚕様よりできたる絹。さらにガーゼ、ボア、ゼファーにタフタ。カシミヤ、アムンゼン、ウーステッド、デニム、クレープ、コーデュロイ。シャンタン、更紗、まだまだ続きたるは…--

…と、なります。十把一絡げに申しましたらこの世全てのも素材がございます。ただ、嘘か誠か、天女の羽衣であつらわれたものもあるとか。私はお目にかかったことがございませんので、あくまで噂とお思いくださいませ。
さてはてお次は色について詳しく参ります。それでは--



時間は矢の如く過ぎ去るという喩えがございますが、まったくもってその通りでございますね。ホラ、空も白み始めておりますので、そろそろ一番鶏が鳴くでしょう。


おや、ちっぽけな私の足掻きをお気づきでいらっしゃいますか。えぇ、えぇ。仰る通り。あなた様がお尋ねになったのは布と称した言葉についてでございましょう。

言葉は絶えず我が身に降り注ぎ、重さに耐えきれず身動き取れぬこともございます。また別の日にはその重みと厚みでもって寒さにうち震える我が心を温められたこともございます。
人を慮り、相手の身に合う布を掛ける者は近年少なくなってきたように存じます。
だからこそ、この手の鋏で細かく裂いて軽くです。他人と私も関係なく。

  一番鶏が鳴く。

そう、私の手には鋏がございます。
また次にお目見えするまでに、きっと使いこなしてみせましょう。それが切ることしかできない、しがなく卑小な女の、生きる縁でございますから。

[完]

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