ALife2020研究紹介

先日行われた人工生命研究に関する国際会議 ALife2020 に参加してきました。
人工生命研究はあり得た生命(life as it could be)を作成することで、現実の生命現象(life as we know it)を理解しようとする試みです。

この分野の研究はどれも独特なもので面白いのですが、その理由は研究対象とアプローチの組み合わせの数だけ研究があるためです。
研究対象である生命現象は自己複製や進化などの抽象的な現象から、群れや発生など生命個体に着目したものまでさまざまです。
それに対するアプローチは大きく分けてもソフトウェア、ハードウェア、生物学的手法と化学的手法があり、それらの中でも無数に分岐した手法があります。

発表を聞いていると、その研究そのものの面白さの他にも、「あのアプローチをこちらの現象の検証に使ってみたらどうだろうか?」と想像を広げられる楽しみがあります。

さて、この記事では ALife2020 で発表された面白い研究をみっつ紹介します。

Functional Programming for Artificial Life

人工化学(Artificial Chemistry)の系を構築して、その上で自己複製パターンをつくる研究です。

この研究では、あるルールに基づいて物質を構築していく系を化学と定義し、
1. その実装に関数型プログラミングを用いる
2. その系で自己複製パターンを構築する
ということを行っています。

1 に関しては、化学の「要素をルールに従って組み立てる」「化学変化の前後で要素の総和(質量)は変化しない」などの性質を実装するのに、関数型プログラミングを用いるのが適しているという話でした。
関数型プログラミングは人工生命と相似な要素から成り立っているので本質的に実装しやすいということです。

2 に関しては自己複製の本質を探る難しさに対する試みで、[Programs as Polypeptides](https://arxiv.org/abs/1506.01573)に詳しく書かれています。

ざっと説明すると、自己複製について研究するのは意外に難しく、適切な抽象度を設定しないと意味をなさないという問題があります。
例えば、BOOL演算のORが物理法則である世界を設定してそこに"1"を投入したとすると、その世界に"1"が増えていくことになりますが、この世界を研究しても自己複製という現象について新たに分かることはありません。

この研究では具体的な計算モデルと、単純化した要素を使って人工化学系を構築することでその落とし穴を回避しています。

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Lenia

生命現象の一領域ではなく、生命とそれを育む系すべてを作ってしまおうという意欲的な研究です。最も人工生命研究の最有力です。しかもこの方は個人研究者なんですよね。ペーパーにも所属の記載がなくかっこいいです。

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LeniaはContinuous Cellular Automataと説明されるように、時間と空間を連続的に扱えるようにセルオートマトンのルールを拡張したものです。
セルオートマトンを包括するプリミティブなルールを構築したこと、そのルールからさまざまな生命現象が発生することがこの研究の注目点です。

Lenia - Biology of Artificial Lifeでは、Continuous Cellular Automataの解説と、他の種類のセルオートマトンを含む人工生命の分類の提案をしています。

Lenia and Expanded UniverseではLeniaを互いに影響する多層の系で構成することで自己複製や恒常性が生まれたと述べられています。

余談ですがContinuous Cellular Automataの実装を理解するのは、このペーパーのイントロを読むのがいちばん分かりやすいですね。


LeniaのコードはGitHubで公開されています。

Mike Levinの研究

https://academic.oup.com/ib/article/7/12/1487/5199172

両生類の変態やプラナリアの再生に際して、身体の形状を決める因子とその操作方法を発見したという研究です。
トップダウンで細胞を再プログラムすることで、蛙に三本目の腕を生やしたり、尾に眼球を生じさせたりという変化をおこしていました。
現実の生命を操作することであり得た生命(life as it could be)を追求するというアプローチが人工生命的だという研究ですね。現実がそこまで進んでいるのはすごい。

この"身体の形状がトップダウンで決まっている"というのは簡単な実験で確かめることができて、例えば卵細胞を分割すると二人の人間(双子)になるが、逆にふたつの胚をひとつに混ぜ合わせると一体のキメラになる、イモリの切断した足の断面に尾を接合すると尾が脚に変化する、などの現象はローカルな仕組みで実現するのは難しく、大極的に身体形状を監督する存在が存在すること、そしてそれが個々の細胞の状態を上書きできることを示唆しています。

このような仕組みを局所性の強いセルオートマトンなどのモデルに組み込んだら面白そうですね。ちょうどそのような内容を考えていたところでした。


おわりに

国際会議がオンライン開催になったことで渡航費がかからず参加費も抑えられての参加でした。また、コミュニケーションの場がSlackに移ったことで非英語話者としては会話を成り立たせるのが容易で、全体的に参加のハードルが低くなった回でした。
ALife2020 の面白い取り組みとしては、初対面同士の交流を深める serendipitous collision という仕組みがつくられていて、botがランダムに選んだ人間をチャットルームに招待することで研究者の交流を促していました。
一方で既知の人間同士は #introduction チャンネルで近況を報告しあう空気ができていて、リアルでは把握しにくい研究者同士の人間関係が可視化されていたのは見ていて面白かったです。

ALife Conferenceは今年もオンラインでの開催です。
バーチャル会場はプラハで、チェコで"ロボット"という単語がつくられて100年目であることを記念して Robots: The century past and the century ahead. というテーマで催されます。



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