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リバイバル

 私が死んだ。もう何度死んだのかはわからない。また生き返った。勿論、生き返らない選択肢もあったが、誰かがそれだけは絶対に許してくれなかった。ただよくよく考えてみると、一度死んで生き返る事と、死んだフリをする事に側から見ていて違いは感じられない。逆に言えば、死んだフリをすればそれは一度死ぬ事と相違ないと思う。
死ぬ理由はそこまで複雑ではない。語弊を恐れずに言うなら「総て私の所為」である。完全個人主義と人に期待しない事を念頭に置いた私の生活は、自己責任の塊に更に漆とニスを塗った筋金入りのどうしようもないものである。
故に私に降りかかる厄災は自ずから招いた失敗の結晶であり、それを誰かに処理してもらう事はあり得ず、現状の理解など私以外には到底できない。

 また“誰か”が死んだ。命に嫌われている。仕事で生活を疎かにして、人からの施しを受ける事を人生の汚点と蹴り飛ばした人間が今更「寂しい」と血反吐を吐いた。腹のみぞおち辺りにぽっかり空いた穴からは黒いヘドロと粘り気のある白い体液が漏れ出ている。それをインクにして筆を作った。書いては破り書いては破りを繰り返してそのままインクが枯渇して干からびた。

 何度も生き返る、誰かの為に生きたいという願いが叶うまで。いや違う、もう既に私は君のために生きていた。ただ君は何も知らないのだろう。私が君の為にしてきた事の中には、人生において大きな十字架となり死ぬまで背負っていかなければならない事もあったのだと。知って欲しいが知らなくて良い。邪魔だけはしたくない。

 頭の中で後悔と失敗が延々とループして、妄想癖も相まって新しい現実が完成している。順風満帆な涙が出るほど綺麗な世界を水族館の大きな水槽に使われる分厚いガラス越しに観ている。そんな私の背後には凄惨な顔をした男の死骸が所狭しと転がって、偶に起き上がりガラスを叩き始めるのだ。傷一つ付けられない骸を見ながらため息をつく。

 君の為に生きていた事が今更わかっても、君が何かたった一言「」と言ってくれるだけで、生きる理由を手に入れられるのに、今の私は空っぽである。いつまでも妄想の中にいないでくれ、「」という言葉でも良い。それはそれで私の心の整理がつくだろう。

 また死にかけている。精神世界のガラスに反射する私の顔が、今すぐ隣でガラスを叩いている男の顔に似て来ていた。腑のインクを使って書き殴ったこの文章の本当の意味は誰かにはわかるかもしれないが、それが君でない事を祈ろう。

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