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電子レンジの記憶窓



 だいたい毎朝、牛乳とカフェオレを電子レンジであっためる。

 牛乳は最近一歳になった娘に。カフェオレは自分用。朝ごはんのあとゆっくりカフェオレを飲みたくて娘を巻き込んだら、案外あっさり習慣化した。

 レンジはアナログの、自分でつまみを回して時間をセットするやつを使ってる。正確な時間は計れないけど、チンてまぬけな音がするのがよくて、むしろそれ以上の音と機能にはちょっと気圧されちゃうんだよな。

 娘の牛乳はだいたい十五秒。自分のは、インスタントコーヒーをお湯と牛乳で溶いて、だいたい一分。ほんとはちゃんと豆で落としたやつが飲みたいけど、娘が生まれてからは手軽さの方に軍配が上がった。はじめはこんなドブ水飲めるかと思ってたけど、慣れたらふつうに飲んでるから、人間って不幸だし幸せだ。

 牛乳もカフェオレも今はレンジ入庫率ナンバーワンだけど、これは最近始まった習慣だから、そういえば前はなんだっけとか、さらにその前はなんだっけとか考えてたら、結構闇が深かった。

 一人暮らしを始めた専門学校時代は、主に白米をレンジであっためてた。まとめ炊きしてお茶わん一杯分ずつタッパーに入れたやつ。仕送り前に麻雀でハコったりしたら、だいたい米の上にマヨネーズと醤油をかけたやつを三食食ってた。

 社会人の独身時代は、絹豆腐をあっためることが多かった。というか、ほとんどそれ以外食ってなかった。
 ド田舎の野戦病院は定時を過ぎると表情筋が死ぬのがデフォルトで、ようやく職場から帰れてもスーパーが開いてない。唯一開いてるのが夜十時までやってる家の前のドラッグストアで、そこで買った絹豆腐をだいたい毎晩あっためて食って、炭水化物は麦を飲んでた。気を抜くと体重がどんどん減っていくっつう、うん、なんかもう止めよう。レンジひとつでここまで記憶がずり出てくるとかこのお題超怖い。

 ただ、マヨ醤油の極限メシも味を覚えてない絹豆腐も、牌を囲んで転げる笑顔だったり、病衣で見せてくれた訛り言葉と生き様だったりがその裏にちゃんとくっついていて、まぁイタイ記憶もそこまで悪くはないなと思った。

 いつか髪が白くなった頃、レンジでカフェオレを作っていたなんてと額を押さえる日が来るかもしれない。でもそのとき、膝に乗る小さなおしりのおもみや、牛乳がこぼれたズボンの冷たさを思い出せるなら、それもきっと悪くはないと思う。




#フリーロードエッセイ
2021/Jan №3
お題「電子レンジでよく温めるもの」

🔎 #フリーロードエッセイ とは?

作家・野田莉南さん(@nodarinan)主催の企画エッセイ。毎週土曜日21:00にTwitter上で発表されるお題をもとに、指定の文字数内でさまざまな作家さんが執筆します。

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