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2820匹の仔豚


 都会の喧騒をぜんぶ芝刈り機で刈り取って、すっかり雪野原しかない。そういう道を車で走っていた。

 ときどき、ぽつぽつとトタンの倉庫を通り過ぎる。その無音を引っ掻いたのはカラスだった。

 無数のカラスだった。なにか低めの位置で入り組んだつくりの建造物を、こんもり雪が覆っていて、そこに羽を埋めるように、それはたくさんのカラスがいた。色、という差異の刺激に反応はしたけれど、それでもやはり、とても静かな光景だった。

 剥き出しの壁のおおよそが黒い理由が、恐らく焼け跡だと気づいたとき、二日ぐらい前にニュースで見た数字がよぎった。生後3ヶ月から7ヶ月。2820匹の生きながらに焼け死んだ仔豚たち。とても静かな光景で、そうかあと思って通り過ぎた。

 信号待ちで思い出す。2820匹。仔豚が焼け死にました。カラス。仔豚が焼け死にました。後追いでやってきた胸の痛みは、仔豚が可哀想なんじゃなくて、たぶん死が怖いからなんじゃないか。

 この歳になっても、どうにもまだ判別しかねる。死んだ仔豚を可哀想がる、そんな純粋な自分を持ち合わせているかもしれないことに少し気後れして、でも幼少期にヒロインアニメで作られたあざとい道徳心に溶かすことは簡単で、結局どっちでどうだったなのか分からなくなる。覚えているのは胸の痛みと、最初に認識した景色がとても静かだったこと。2820匹の仔豚が焼け死にました。

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