ただ、それだけのこと

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「脳が閃光を拒否したのは、朝の5時28分のことだった。

私の家は南側に大きな窓が付いており、朝には太陽が、私の視(め)から脳を揺さぶる。


「またか…」


脳が朝を認識して最初に零れた常套句が、空気に溶ける。

体勢を変え、目を眇(すが)めながら窓に目を遣る。


「曇っている……」


鈍色(にびいろ)の空の間から、閃光が世界を刺す。

その光景が、起き上がれと脳が命令する回路に重くのしかかる。

それでも、


「起きなければ……」



その感情を、脳は行動として押出し、成型しようとする。

しかし、体は言うことを聞かず、その命令を被覆する。


今は朝の5時37分。7時には家を出なければならない。それまでに、朝ご飯を食べ、風呂に入り、歯を磨いて……やらなければならないことは沢山ある。私の脳が、''起きろ''という命令を発信している今のうちに。

だから、1呼吸、1秒、1鼓動する時間さえも無駄には出来ない。

分かっている、理解しているのだ。脳は。

しかし、体がその命令回路を絶縁しているのだ。


朝5時48分。

ようやく1人分の体温を帯びた布団を手放す。


「今日もやってやる……」


私の呟きが、空気に溶ける。

様々な言葉が溶けた空気を肺いっぱいに抱いて、今日も私は社会に手向かうのだ。



2019.05.14

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