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私は謎を持っています【#自己紹介バッグへの道】

昨日、5ACを買った。ついに、自己紹介バッグを。ここに何を書き残したいのか、まだ検討がついていないが、心のままに書いていこうと思う。

そろそろ決着をつけなきゃ

こんなに早く手にすることになるとは思っていなかった。それなのにこのタイミングで購入したのは、魔法使いのバレリーナさんの購入記事を読み、それに伴って値上げのおしらせを聞いたからだ。

購入しても後悔しないだろうことはわかっていた。だってバッグ欲しさに2記事も書いてしまったのだもの。

ムーンプランナーを開いて、「ああ、もうすぐ満月だなあ」と思いながら家の中をうろうろしていた。行くか、行くまいか。買うか、買うまいか。

母に「再就職後の最初の給料で買おうかなと思ってる!」と言うと、「買うって決めてるのに安いときに買わないの?」と聞かれた。ド正論すぎてぐうの音も出ない。購入することを自分のなかで正当化するために、適当な意味付けをしようとしただけだ。私は、完全に日和っている。

私の心のなかで一番大きな声は「普通、収入がないときに高いバッグ買う?」だった。そうだね、「普通は」買わないかもしれない。その声の主を納得させるための言い訳が先ほどの発言だ。

ときどき、「私は普通じゃないのかもしれない」と母に話すことがある。すると、決まって母は「そもそも普通ってなんなの?」と返してくる。

普通。私にとって普通とは、私以外の大多数の人の共通認識や言動のことだ。普通の基準は私ではない。だから、私はどうしても普通になれない。私はそれを、他人に知られてはならないことだと思っているので一生懸命隠している。私自身は他人の基準に沿わないことを信条としていて、それを好ましく思っているのに。

「自己決定権の行使」。自問自答ファッション×ムーンプランナーのイベントで、出てきた言葉だ。無意味な意味付けをする私は、他人にそれらしい説明ができるように行動しようとしている。他人軸での行動。私はいま自己決定権を失っている。

私は他人軸で動く人間だと思われたいのか? 「普通の人」だと思われたいのか? 普通になりたくないと、もがいているくせに。

私基準の「普通」は、好ましいものをそばに置くことだ。タイミングなんか関係ない。ほかの自問自答の民とは違い、会社に持っていけるとか、子どもに譲るとか、そういう要件も必要ない(あくまで私の場合であって、ほかの民にそのような要件があるのはとても興味深いと思っている)。ブランドのディレクターの感性に共感するとか、このバッグがオールジェンダー向けとされているとかも、後付けでしかない。ただ好きで、身に着けたくて、そばに置きたい。買えるお金はある。お店へも電車に乗ればすぐに行ける。私の普通に照らし合わせれば、いま買う以外の選択肢がある?

お気に入りの、夕焼け空のような服を着る。黒い革靴には、看板のまわりをぐるりと囲う豆電球のようにスタッズがたくさんついている。

家を出た。青空と、まっすぐに降り注ぐ太陽の光。肌が空気と溶け合って、風の一部になったようだ。私はこの世界で生きるぞ、と静かに思う。スーパーから出てくる人たちとすれ違う。日常のなかに、私の非日常がある。ゴールデンウィークって、こんなにお祭りのような感じだったっけ?

電車に乗って伊勢丹新宿へ。いつもは1階のバッグ売り場を見るが、今回は3階のメゾンマルジェラへ向かう。かごの5ACがかわいい。グラムスラムを試着しているカップルがいる。店員さんは本当に白衣を着ている。「こんにちは~」と言いながら迷わず店内に入り、5ACのもとへ。白色、ピンク色、水色。「このバッグの黒色はありますか?」と店員さんに聞く。棚のバッグを見る。初めて入ったのに、やけに落ち着く空間だ。

新品を出してもらった。5ACマイクロの黒色。かわいい。もはや安心する。肩にかける。チェーンを外して持ってみる。飛び出た部分を内側に折り込んでもらったり、持ち歩きたい荷物を入れてみたり。お手入れは柔らかい布で拭くだけ。クリームは塗らずとも、手の油で十分らしい(むしろ、塗るとやりすぎになる)。服はカジュアルもきれいめもOK。店員さんも黒色で2サイズ持っているらしい。

「今日は何かを見てこられたのですか?」
「ずっと気になっていたのですが値上げと聞いて、そろそろ決着を着けなきゃなと」
「決着」

おもしろそうに微笑む店員さん。アイシャドウがきらきらしている。「早いほうがいいですよ。日割りにすると安くなりますから」と、店員さん。「安い買い物じゃないですから、ゆっくり悩んでください」と言って少し離れた位置にいてくれる。

心は決まっている。悩むそぶりも、もう形だけだ。
「これ、お願いします」

「いらっしゃい」

うわさのずだ袋?に入れてもらった。このなかにバッグが入っているとは思えない。あきやさん講演会で言うところの、「使い魔ちゃん、隠れてて!」状態だ。

電車内で膝の上のずだ袋を見下ろす。
こんな袋を持っている人はいないので、かえって目立っていた気もする。

帰り道、お買い物の一部始終を反芻する。思っていた以上に普通の買い物で、あっけなかった。三角形のソファに座ってカードの決済を待つのは少しだけ気分がよかった。

もう二度とこんな高額なお買い物はしないだろうという気持ちで行ったのに、お金を貯めてまたお買い物をするだろうなとうっすらとした予感がある。

「いらっしゃい」とずだ袋のなかのバッグに声をかけて玄関のドアを開ける。自分の部屋でバッグを取り出し、タグの注意事項を読む。私は使い始める前に説明書を読むタイプなのだ。バッグのなかに入っていたチェーンをつける。チェーンとハンドルを持ってかかげる。かわいくて、かっこいい。

窓際で記念撮影。せっかくなので、1年半くらい使っているお財布も一緒に。

メゾンマルジェラの5ACマイクロ(黒色)とロエベのお財布(ローズマリー色)。
家族写真みたい。財布:母、バッグ:息子。

家に連れ帰って確信する。この子は、やっぱり私のものだ。

メゾンマルジェラの5ACマイクロの(黒色)、パブリックトウキョウのシアートップス(ピンク色)。
着ていったお洋服と。夕焼けなかに見る影のようにも見える。

どこへ行くときも黙ってそばにいてほしい。使い魔より近侍がしっくりくるという話、私も同意です(ちなみに大俱利伽羅、同田貫、長谷部がすきだった。群れずにクールな感じをかもしつつ、きっちり仕事しそうな感じ)。

このバッグで自己紹介をするなら、
「私は謎を持っています」
かな!

なんか、おもしろそう(interesting)な人っぽくないですか?

~余談~

書きながらYoutubeでこの動画に出会った。

まさかのカバー。昨年の2月に出た動画らしい。原曲と比べてかなりスローになっているが、その分、歌詞がしっかりと入ってくる。

清く正しく生きること
誰も悲しませずに生きること
はみ出さず真っ直ぐに生きること
それが間違わないで生きること?
ありのまま生きるのは正義か
騙し騙し生きるのは正義か
僕の在るべき姿とはなんだ
本当の僕は何者なんだ
教えてくれよ

YOASOBI「怪物」

この部分がぶっささりまくりだった。ただ、この歌詞の主人公と私は少し違う。私は、私の在るべき姿を、自分が何者なのかを、誰かに教えてもらおうとは思わない。自分で答えを出さなければ意味がないことをわかっているからだ。

おわり

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