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壱章 九話 ウンディーネ

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 陽射しがやけに目に辛い。そのはずだ、微睡みから覚めたのは篝のカウンターだったのだから。

 朱い照明の中で意識を戻すと、ソファー型のボックス席で寝息を響かせている伊丹さんと亀山さん。それを余所目にカウンターの端で読書を嗜むピコさんが居た。カウンターの中でグラスを拭きあげていた篝さんは私に気づくと、おはようございますと挨拶をくれた。しかし、この情況は風刺がある。久しぶりのやってしまった感だ。

 高い所からの陽射しが私達を眺めた。皆ベッドが恋しいはずだと思うのだが、誰かが言い出した空腹という言葉で連れ合う事となった。唯一、アルコールを口にしていないピコさんが促した店は、白で統一された清楚感たっぷりのカフェテリア。
 徹夜でお酒を煽った後に脚を踏み入れるには、何か世間様に申し訳ないような気持ちになる場所だ。伊丹さんにいたっては目の下の隈がひどく際立っているし。ある意味ピコさんのオシオキなのだろうか、私達を背に店内の中央ほどに腰を落とすと問いかけるように視線を向けた。まったく面目無いとはこの事だ。

 次第に昨夜からの時差呆けも戻ってきた頃。話題は昨夜、伊丹さんの口から出た凍死事件の事になった。しかし、お酒の抜けた伊丹さんや亀山さんは、篝では想像が出来ないほどに頭の回る人間だった。

 この事件。興味があるというか、きっと責任は私にあるのだ。生きている人間がいきなり凍死する。いや、凍死させる。そんな不条理な事態を、過去に見た事があった。恐らく優の件とは無関係だが、もし思う通りなのであれば、被害者が十四人にもなるこの事件の発端は私なのだ。極力自然に振る舞い、伊丹さんから情報を引き出そうと思っていた。

 納得は出来ないが、現状の限りでは病死としてしか扱いようが無いと伊丹さんが皆にこぼすと、亀山さんがおもむろにノートパソコンを広げ、何かを調べ始めた。そのような生業なのか、その真剣な眼差しは篝では見せない顔だ。しかし、視界に入る限りだと、画面にウィンドが次々と開いてくるが、亀山さんはエンターキーしか押していないように見える。ネットワークに繋がるようなアンテナも見当たらない。知らない最新のパソコンなのだろう。

「偶然でしょうね。死亡者の十四名、年齢も職業も性別も居住地も。まったく関連なさそうですし」

「うらぁ亀山ぁ、ゲームやるような感覚で警察のサーバー覗いてんじゃねーよったく、」

「たまぁに伊丹さんの仕事に協力しているじゃないですかぁ僕ぅ。あぁー怖っ、」

 亀山さんがおどけると、言葉を失った伊丹さんの視線が私に向いた。やはり食い付き方が不自然に思われたのだろう。迷った。この三人は篝の店の常連だ。つまりは、篝の味方だろう。後々を考えるとあまり手の内は晒したくはない。さて、どうする。思考を捻らす視界に、オカルト小説の表紙が見えた。ピコさんが広げている本だ。ん……昨夜カウンターで読んでいたのと違うな。昨夜は、たしか推理小説のタイトルだったはず。ふとバッグの中にある自分の名刺を思い出した。使ってみるか、あれを。

「私、オカルトとかが大好きで、実は仕事も探偵みたいな事をやっててさぁ。こうゆうのって、すっごく興味わくんだよねぇ」

 自分の言葉で蕁麻疹が出そうになった。っとにどうにも嘘というのは苦手だ。ニヤケてしまいそうになる。本に夢中になっているピコさんに見えるように、名刺をテーブルに置いた。それを視界に入れたピコさんは、大きな瞳が増して丸くなった。

「っ……これは、一丸となって解決しなくてはなりませんわっ。ね、主様っ」

「えっ、お、おうっ、」

 “ 祓い屋・霊界コンサルタント ” 昔、夏稀がふざけて作った名刺が役にたったようだ。しっかし、ネーミングセンスが壊滅的に小学生レベルだよなぁ。これでスルーされていたら自殺していたぞぉ私ぃ、

 私は本名の織屋鏡子を名乗った。やはり偽名ってのはバツが悪い。夏稀のノートを読んだかぎり名前を教える事にためらいがあったが、名刺を渡してしまった以上、隠しようもないしな。

「では何から初めますの? 鏡子さん」

 ピコさんの言う通りだ。さて、どこから攻めるか。これは個人的な仕事だ。優の身体を考えると、あまり勝手に時間を取られる訳にもいかない。忠国ただくににも連絡して探りを入れてもらうか。そんな思案を捻らせていると、ピコさんがバッグから一枚の紙を取り出した。

 えっこっくりさん? う、占い? さすがに突飛過ぎるぞ、それはっ。

「大丈夫ですよ、鏡子さん。こいつが何かを答えたのなら、百パーセント当たるんだ」

「答えてくれるのは未来の私なのです。それが明日の私なのか、十年後の私なのかはわかりませんが。だから未来の私が知っている事なら答えてくれますの。でも、教えてくれるのは単純な事だけです。主様はいつ死ぬのとか」

「う、うぉいっ、そんな怖い事聞くんじゃねーよぉおっ」

「競馬の予想をさせようとするよりはマシです。まぁ、残念ですが今の私も未来の私も、競馬に興味は無いので答えようもないのですけど」

 驚いた。予知的な物なのか……いや、今の話を信じるのなら、ピコさんは時間軸を飛べるって事だ。しかし、本物ならば無敵だろう。それって。

「だから単純な質問。犯人の名前を聞いてみます。未来の私が知っているなら答えてくれますわ」

 ピコさんがネックレスを外し、紙の中央で垂直に垂らした。しばらくするとネックレスが揺れ出した。ひとつの文字に向かって、ネックレスのチェーンがピンッと張り停止して、また中央に戻って他の文字を指す。あぁ、たしかに本物だ。手品なんかで出来る技じゃない。ネックレス四つの文字を指し中央で停止した。どうやらもう動く気配は無いようだ。

「うんでね? そ、そうゆう名前の人が犯人なのか?」

「これじゃないですかねぇ、もしかして」

 伊丹さんの言葉で検索をかけたのだろう。亀山さんはノートパソコンの画面を皆に見えるようにずらした。そこにはウンディーネと言われる水の精霊が映し出されていた。精霊が犯人だとでも言うのだろうか、その情報に顎を撫でていると、亀山さんが、とある法則性に気を配った。

「あっれ……死亡者リストだけど関係あるのかなぁ……何かがかたよっているような」

 亀山さんのパソコンを覗くと、被害者十四名のリストがあった。職業、年齢が細かくデータで一覧となっている。うーん。確かに何か、何か違和感があるぞ。あの男が死に際に言った “ 女、化物 ” 凍死、式神、水の精霊……私が抱えていた疑惑っ。やっぱりそうか、丹生都比売にうつひめかっ、間違いない、こんな事が出来るのはアイツしか居ない。

「みんなありがとう、不完全だが繋がったっ」

 皆を置いてカフェテリアを後にする。外へ出た途端に熱気が身体に絡み付いた。夏の陽射しは寝不足にあまり優しくなかったようだ。

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