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俺と元俺の国喰いのススメ

「ひったくりだね」
「……捕まえろって?」
「勿論」

俺の隣の小さな影は長い髪を波立たせ、軽く頷いた。
俺は、背を押す風めいた銀色を視界の端に見て、両手の暗器グローブをぎちりと嵌め直す。黒い革が指を締め付け、瞬間、血が巡る感触が強くなる。

「焼き肉屋の路地。突き当りの右、質屋の裏口への階段前」

つま先で地面を叩く。重く硬く、仕込んだ金属はいつも通り頼もしい。

「一発殴ったら、懐から銃が出てくる。僕のときは安全装置が外れてなかったけど、一応気をつけて」

ひったくりは滑らかに雑踏を抜けていく。もう注意事項はないな、という黒目と、もう注意事項はないよ、という碧眼が、言葉を介さずに交差する。不本意な以心伝心を済ませて、いざ。

気絶したひったくり犯に腰掛け、クリーンなミントタブレットを二つか三つ、適当に食らう。丹念に噛み砕いてから、鼻から息を大きく吸うと、九輪横丁の路地裏の空気も多少はマシだ。

「改めて見るとすごいガラ悪いね」
「お前だってそうだったんだろ」
「まぁ、そうだけど。今は今さ」

ひょこひょこと、裏路地に似つかわしくないツラがご到着。呑気な雰囲気と、その奥の異常性の両方にイラついて頭を搔いた。

「これにてもう一歩前進、ってね」
「……本当に出来ンだろうな」
「勿論。僕に出来て、君に出来ないことはない」

へらへらとした表情のまま、声の響きだけ妙に深くなる。一触即発の感情の禁忌。それでも俺は触れないといけない。こいつの素性に、核心に、元凶に。

「俺がお前の前世だからか」
「そう。僕が九輪横丁を牛耳った君の来世だからさ」

輪廻転生。魂の円環。死者の向かう先が未来だと、誰が決めたのか。

「さぁ、今回こそは、もっといい国盗りをしよう!」

俺は、一遍死んで銀髪碧眼に生まれ変わった未来の俺と、九輪横丁を、そしてこの国を食い散らかすことになる、らしい。
ミントをもう二粒噛み砕くと、イレギュラーの硝煙の匂いが多少紛れた気がした。

【次の皿へ】

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