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我慢していた自分は、実は怠惰だったのかもしれない

取材がきっかけで、今の自分だけでなく過去の自分をも俯瞰して見る機会を得る。
そんな経験をした。

わたし探求メディア「Molecule(マレキュール)」にて、取材記事を書かせていただいている。

働く子育て世代の生き方・働き方のヒントとなるような、「わたし」主語のワクワクを大切にした記事をお届けするのがコンセプトである。

今回は、N/S高の職員である館野峻さん(以下、館野さん)にお話を伺った。

館野さんは15年間勤めた公立小学校からN/S高に転職した方だ。

この点、私自身も共通する経験が多く、取材では内心共感のしっぱなしだった。

しかし館野さんと私では決定的な違いがある。

それは、明確なビジョンの有無だ。

自分と向き合うこと

自分なりに理想とする教育のあり方を思い描き、働き方についても「こうありたい」という思いがあって転職した館野さん。

対して私は、家族の状況や自分がやりたいことと現状とのキャップを考えて退職したわけだが、誰かに聞かれたときにしっかりと言語化できるようなビジョンは持ち合わせていなかった。

これはあくまで私の主観だけれど、館野さんは「自分と向き合うことを厭わない方だ」という印象を受けた。

そのことが、今の暮らしにつながっているのではないかと思う。

館野さんの言葉からは、公立学校でしかできないこと、公立学校の良さを知っている人ならではの重みが感じられた。

それでも今の決断をした館野さん。考え抜いての選択だったのだろうと思う。

12時間働きながら怠惰だった私

私も働き方や生き方に疑問を感じながら過ごしていた時期が長かった。

「なんだかなあ」と思いながら、仕事を続ける以外の選択肢などもたず、ひたすら消耗していた時期だ。

ちょうど子どもたちも小さい頃だったので、育児や家事との両立も過酷だった。

ものすごくがんばっているような気でいたけれど、今にして思えば、その時期の私は「怠惰」だったのかもしれない、と思う。

「怠惰ぁ?何言っちゃってんのあなた?」

と、当時の自分が聞いたらめちゃくちゃ怒るだろう。

毎日12時間くらい、休憩もなく働き、家事や育児もこなしていたのだから。

これはコロナ前だったので、という言い訳つきだが、熱があっても休んではいけないと思っていたし、しょっちゅう体調不良にも悩まされていた。

周囲から認められたい気持ちが強かったから、プラスアルファの仕事も色々やったし、子育ても今よりかなりピリピリして神経質にやっていたと思う。

だけれど自分の「本当の望み」や価値観と向き合っていなかったという意味では、やっぱり私は怠惰だった、と思う。

現状維持は最大のエネルギー節約?

仕事に限らず、何かに文句を言いながらも我慢しているとき、実はものすごく「楽」でもある。

現状維持は、エネルギーを節約できるのだ。

自分と向き合う。

誰もが最低限はやっているようでいて、なかなか難しいことだと思う。

本当に望んでいることがズルっと出てきた結果、今の自分が全否定されてしまうかもしれない。

見たくなかった欲や醜悪な部分が顔をのぞかせるかもしれない。

それでも顔を背けず、
「ぶっちゃけ、あなたは何がほしいのよ?」
「あなたにとって幸せってどーゆーことよ?」

と自分に問い続けた結果、見えてきたもの。

それが、あなたが望む生き方なのではないだろうか。

自分と向き合うのが難しいときは

とはいえ、人の心ほど複雑怪奇なものもない。

捕まえた、と思った願望が、本当のものとは限らない。
「これが自分の望み」と思っていても、実は誰かの軸で考えてしまっている場合もあるだろう。

大変な状況に耐えざるを得ない方、行動する気力や体力もないほど消耗している方を責めているわけでは、決してない。

体制を立て直すための時間は絶対に必要だ。

だけれど、もしあなたに元気があり、なおかつ今の生き方や働き方にモヤッとした疑問があるのなら、自分と向き合うことをどうか避けないでほしいと思う。

私は決して、退職や転職、独立を促したいわけではない。

考えた結果が「やっぱり今の働き方を続けたい」ならばそれは素晴らしいことだ

問題なのは、現状維持にせよ変化するにせよ、自分が本当に望んでいることに向き合わず、自分の望みから目をそらすことが習慣づいてしまっている場合だ。


なんとなく感じているモヤモヤがあるなら、まずは書き出してみよう。

あるいは周りの人に話すことも意味がある。

もし、一人ではどうにもこうにも整理がつかないと感じるなら、コーチングやカウンセリングの力を借りるのもおすすめだ。

私もコーチングを受けて「文句を言いながら現状に甘んじる」ステージから抜け出すことができた

自分の望む生き方を選択することは尊い。
そして、それは受け身のままではとてもむずかしいのだ。

どんな形であれ、自らの人生の操縦桿は自分で握りたい。
たとえ、それがなかなかに面倒なことであっても。

それが、私が館野さんのお話から学び、感じたことだ。

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Molecule(マレキュール)では、他にもたくさんの「わたし探求」ストーリーが紹介されています。

取材から感じたことをライターが思い切り語る「編集後記」はこちらです。




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