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ショートショート  端正な顔立ちの『ひも』理論

《身のまわりの物質はすべて,極めて小さな『ひも』が集まってできている》


これが,物理学の最先端の理論である「超ひも理論」の考え方だ。

 物質をどんどん細かく分割していき,最後にたどりつくと考えられる究極に小さい粒子を「素粒子」と言う。


 リビングのテーブルでA子と向き合うように座っている、黒いスーツの似合う男。やせていて端正だったであろう面影を残している。

男は一本の切れた黒いゴムひもを前にしてA子に説明し始めた。


「では、なぜ究極の素粒子は点じゃなく…『ひも』なのかというと、『点』ではどうしても説明出来ないミクロな世界を、『ひも』理論では…このゴムひもが振動してわずかな音が出るように、振動することで説明出来るんだ」

「そして、もし人間や物が…、いや俺が『ひも』ならば、君と響きあうことが出来るのだ。『ひも』とは⊃や∫のような形で一本ずつ響き、最後は0の形に繋がれば完成する。分かるか?『ひも』は離れたりくっついたりして響き合ってるんだ。分かってくれるだろうか…?」


首をかしげながら聞くA子。

男は次第にしつこい言葉使いになっていった。

 じっと座って聞いていたA子は、話を遮るように静かに立ち上がった。心を落ち着かせるように深く息をして、少し笑みを浮かべて…。

「わかったわ…。この、私の目の前にある…髪を束ねる黒いゴムひも。からんでいるけど、絶対切れてるの。

あなたは「ゴムは切れているけども『ひも』は切れてない」って、言うのね?別の次元に入ってあなた自身と繋がっていると…」

「たかが切れたゴムのことで…そんなことまで言うの…?」



翌日、一緒になって3年。あっさりと終止符が打たれた。

そして、買い物から帰ったA子。

「なんで3年も切れなかったんだろう。あのゴムみたいな…男」と舌打ちをしながら、新しく買ってきた白いゴムひもを出すと…、

白いTシャツが似合う端正な顔立ちの…若い男が微笑んだ…。



 『ひも理論』では…私たちは『10次元空間』の世界で、『四次元空間』に存在している…だけなのである…。




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