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(1)のっけから飛び出した、おフランスIT史講義

 フィクションの世界を現実的側面から分析するという試みは、考証やツッコミといったものとはまた違い、その物語を咀嚼するという意味で広く行われてきた。昨今では、空想科学読本などがそれだろう。
 精緻な設定とデザインに包まれた快作SFADVが現れた時、私は真っ先にこのゲームへの現実的アプローチを試みたいと思った。できればゲームにあまり明るくない、でもITや先端技術を深く語れる論客に、本作を見せてみたらどんな反応をするのだろう?
 意外な人物とコンタクトが取れたことは、身に余る僥倖と思っている。

 服部 桂。
 51年8月8日(この記事の更新日ですおめでとうございます)東京生まれ。
 78年朝日新聞に入社して以来、ITなんて言葉がなかった頃からITの世界を追い続けた男。
 日本のメディアにはじめて「コンピュータウィルス」という言葉を登場させた彼は、MITメディアラボ客員研究員、ASAHIパソコン副編集長などを経てフリーに。
 ITにまつわる著書訳書を多く出版し、古希も間近な今もなお精力的に活動。彼を慕って集う一線の人物を数えれば、枚挙に遑がない。
 個人的には、敬愛する押井守監督と生年月日が同じというのがツボである。

 きょうから11日連続更新でお送りするインタビューシリーズ。日本ITジャーナリズムの長老。服部桂の眼に映ったデトロイトを追体験し、本作をさらに楽しむ指南としてほしい。

(太字の用語は文末で解説しています)
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ATUSI(以下A):本日はお忙しい中、お時間をいただきましてありがとうございます。きょうはこの『DETROIT:Become Human』というゲームについて、服部さんに自由に語っていただきたいと思っています。本作のことはご存じなかったそうで、あえて事前勉強はなさらないようお願いしました。

服部桂(以下服部):あえてしていません(笑)

A:ありがとうございます。できれば実際遊んでいただきたいところですが、設定やバックボーンについて集中して語っていただけますよう、操作は私がさせていただきます。服部さんは気づいたことや思ったことを自由に語ってください。では早速スタートしますね。

服部:そもそもこのインタビューの趣旨というのは、このゲームを紹介したいということ?。

A:うーん、というより、服部さんはITの世界を長く見て来られて、現実に今起きてることやこれから来ることもご存知かと思います。そういった方が本作を見てどう感じるのかを知りたいんです。

服部:そんなに知りませんよ(笑)ちなみにこのゲームはベースに小説だとか、原作があるわけではない?

A:全くないです。オリジナルになります。

服部:RPG?

A:アドベンチャーですね。

服部:どこのメーカー?

A:フランスにあるクアンティック・ドリームという会社です。ドラマ仕立てのゲームを作らせたら三本の指に入るメーカーでしょう。

服部:フランスのゲームってイメージが湧かないけど、どうなんだろう?今フランスはフレンチテックなんかを推し進め、国内を盛り上げてるんだけど。

A:フレンチテック?

服部:要はアメリカがIT関連に関して強すぎるので、フランスも負けてないぞとアピールしてるんだけど。イギリスではクール・ブリタニカ(ブリタニア)というムーブメントがあったけど、フランスは自国のブランド力を上げる具体的なものがない。ファッションとグルメくらい。

A:(^^;

服部:EUはドイツが中心になってぶん回してる中、フランスは21世紀になっても同じことやってんの?みたいになると立場がないわけです。

A:ではなおさらこういう作品でアピールしたいんでしょうかね? (クアンティック社について検索)97年創業ですね。

服部:ちょうどクール・ブリタニカの盛んな頃だ。日本のクール・ジャパンもそれを真似たわけだけど。

A:あれ元ネタがあったんだ!w

服部:クール・ブリタニカは、EU統合とか色々あった中で、イギリスがブランド力とか市場力とかを上げるべく、そういう戦略を立ててやったわけですよ。一方フランスは「俺たちには文化がある」と言い、ドイツは「俺たちは経済力がある」と言って、各々そういうことはして来なかった。
 でもやがて中東でのゴタゴタや移民のドタバタを経験していくうちに、アングロサクソンが強いことがわかってきて、ラテン系とゲルマン系民族はちょっと凹んでるわけですよ。

A:なんともw

服部:勝手な解釈かもしれないけど、ITというより、EUの中での経済力ブランド力を競い合って、特色を出さなきゃいけないわけでしょ?フランスはその中でイギリスやドイツに勝っているかと言われると……。

A:でもそうした中、こうして長く評価されるメーカーが出てきたということは?

服部:そういうことの裏返しかもしれませんね。僕もちょっといたことがあるんだけど、実際は先進的で面白い国なんですフランスって。ヨーロッパでは情報化に向けて最初に動いた国でもある。ミニテルというものがあってね、80年代初頭に、21世紀におけるフランスの情報化のために、電話を高度化してしまおうという取り組みを国をあげてやったわけ。電話帳を検索できたり、SMSみたいなメッセージのやり取りができる端末を国が無料で配って、それを電話につなげるとなんでも調べられる。これぞ21世紀だーと盛り上がったんだけど、それでみんながやった事がエロチャットだった(笑)

A:あーw

服部:ミニテル自体もみんながやり始めて、ヨーロッパでは先進的だなーと一目置かれてたんだけど、PCが登場したら、そちらに乗り遅れちゃったんです。

A:あー、既存のものが不普及しすぎて互換性もなかったから……

服部:何より国がタダでくれたし。後年ミニテルをPCベースに移植したりしたけど、流行らなかった。そうして最初は先進的であったのが遅れてしまった。
 加えてフランスの自国文化に対するプライドとか、アメリカ文化に対する反感とか……映画館全体の何割以上かは自国の映画を上映しなさいというのを決めたり。コンテンツ産業の保護を行ってたの。一見いいことに見えたんだけど、結果監督がその傘の下で踏ん反り返って、イノベーションが止まっちゃったんです。

A:トリコロール親方だw

服部:そうこうしてるうちにEUが統合され、昔のままになっちゃった。そのあとITとかどーすんの?という議論が出るたび、あれはアメリカのもんだ。俺たちには文化があるという話になるようになった。

A:はーそういう経緯なんですね。 あれ?でもそうなるとこのゲームの解釈はどうなるでしょう?製作はフランスですが、舞台は2038年のデトロイト。20世紀の主力産業である自動車を支えた街が、21世紀の主力産業となったアンドロイドを支えている。という話なんですが。

服部:どうなんでしょうねー。

A:今のフランスIT事情が垣間見えるかもしれませんね?いや冒頭からお話が面白くて、エレベータ降りたところでポーズしてしまいましたが進めましょう(笑)

<続>
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フレンチテック
 フランス政府が注力するスタートアップ企業支援策。自治体や起業家らと連携し、経済が循環するエコシステムの確立を目指すもの。
ミニテル
 フランス電信電話総局が1979年に開始した、電話回線を使って画像や文字をやり取りできるネットワークシステム。列車やホテルの予約はもとより、クレジット決済にまで対応し、2012年までサービスが続いた。

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