ある老父の料亭にて

著・足皮すすむ (2017年)


〜はじめに〜
宮島十蔵という伝説の荒くれ者をご存知だろうか。彼は1664年から1693年までの約30年間、彼の住む村とその近辺の村を含めた一帯で年に一度行われる一番の荒くれ者を競う大会で、いつも一等だった。
宮島の持ち味はその台詞だった。彼は大会中、必ずといっていいほどストーリーじみた声を上げながら荒ぶるのだ。
その内容の高揚感やストーリー性や人間模様、そして時に涙を誘う台詞回しに人々は感動し、宮島に票を入れる。
そんな特殊な荒くれ者宮島十蔵の生い立ちについて、オールしてた時にたまたま流してたラヂヲでなんか流れてて興味を持った私は、翌日早速彼の出身地に赴いた。
日本のどっかの県、なんとか部にあるなんらかの村(今はもう市になってた気もする)そのどっかに彼の出生したとされる家がある(ちがったかもしれないが。)
私は頭狂を早朝に経ち、新幹線と電車そして現地のローカルバスを乗り継ぐこと数時間。野を越え山を越え、やっとそこへ到着した。
村にあるその古民家。玄関前に着いた私はインターホンを鳴らす。
「ごめんくださいませ、足皮すすむです。」
すると、住人がインターホン越しに応える。
「え、っ…と、どちら様でしょうか?」
「いや足川ですけど。」
「アシ…カワ様…」
「昨日…おとといだったかな?なんかのラジオで…なんだっけ、十なんとか。十…太郎?十…ナントカの特集をやってまして、それで興味を抱いたので来てみました。」
「ええと、すみませんちょっと…そういうのは迷惑なのですが…。」
「名前なんでしたっけ?漢数字で十ってついてたのは覚えてるんですけど。あ、十蔵だ。十蔵でしたっけ?ですよね?なんか十蔵の面白エピソードとかありましたら今聞かせてもらえません?インターホン越しでもいいんで。」
「いや、確かに私の先祖に宮島十蔵という者がおりましたが、かなり古い記録ですのでお話出来ることなどはありません。申し訳ありませんが…。」
「ではインターホン越しもなんですので、中へ上がらせてもらってもいいですか?お茶やお菓子も出してもらえるとありがたいのですが…。」
「いや貴方失礼すぎませんか?こんな真夜中に突然やってきてあがらせろだなんて。お引き取りください。」
「これは申し訳ありません。では出直してまいります。15分ほどしたらまた伺いますので、お茶とお菓子をご用意ください。お茶は私が来る直前に冷蔵庫から出してくださいね。ぬるいのはあまり飲みたくないので…。お菓子も、可能な限りチョコが入っている物でお願いします。チョコオンリーの菓子でも構いません。ナッツはアレルギー持ってるんで入ってないやつをお願いします。あとハチミツも入ってるといいなあ。あ!あと私軽く潔癖症なので玄関マットは新しいものに変えておいてください。スリッパも頼みますよ。スリッパはできればミントグリーンカラーでお願いします。今日のラッキーカラーだったので。」
…そう私が話をしている途中で、いつの間にかインターホンは切られていたようだった。人が話している最中だというのに、失礼なやつもいたもんだ。
私は気を取り直して村の散策をする事にした。しかし今は午前3時。街灯もなく周りは山と森といくばくかの田畑に囲まれたこの村はあまりにも暗すぎたので、民宿にお邪魔した。
「こめんください、泊まりに来ました足皮と申します。」
ドアを開けて真っ暗な廊下に響き渡る声で家主を呼んだ。しかししばらく経っても返事がない。
「ごめんくださーい、足皮です。自給自足の足に、食肉寝皮の皮なんですけどもー。」
すると奥の方の襖が開いて中から誰かがこちらを見ている。
「あのう、起きてます?泊まりに来たので布団出してください。あと風呂も早急にお湯を入れ替えて沸かしてもらえます?夕飯というかもう夜食になりますけど、なにか食べ物も出してもらえますか。肉が好きです。霜降りの。」
「で、出てってください。警察呼びますよ。」
「え!?いや、泊まりに来ただけなんですけど…。」
すると家主であろうその初老の女は突然大声を上げた。
「誰か助けてー!おかしな人がいますー!」
「静かに!もう皆さん寝てらっしゃるでしょうから、あまり大声を上げてはいけません。」
「誰か助けてくださいー!」
すると外にある他の家々の戸が次々と開く音がし、屈強な男たちの怒号と共にこちらにやってくる影が見えた。
私はあまりの異様さに気味が悪くなりその場から走り去った。
なんという日だ。頭狂からはるばるやってきてその日のうちに調査を済ませようとしている最中、こんなにも排他的で他人に冷たい村があるとは。田舎コミュニティってやつか。田舎コミュニティ、音のソノリティ、奥の細ミティ、クルマへコミティ、セサミストリティ…。
足皮すすむ (2017年)



『ある老父の料亭にて』
1978年、国立エビフライ刑務所。
多くの新参受刑者がそうするように、おれと同じタイミングで収監されま連中もまた?ここに来た時は虚勢を張って強がったもんだ。
ある者は刑務官に悪態をつき、ある者は自分がこの壁の中にぶち込まれるに至った犯罪自慢をしやがる。けれども刑務官ってヤツはそんなモン慣れちまってるから別にどうってことないふうな顔して淡々としている。それを面白く思わなかった、"ヤンチャ坊主"は腹を立てて尚の事煽り立てる。すると刑務官にもようやく凄まれて、挙げ句の果てに警棒でぶっ叩かれて、どいつもこいつもシュンとしやがる。
刑務所ってのはそういう所さ。おれが入った1978年なんて、いま思えば酷いもんだった。
特に何があったかは覚えてないが、刑務所ってのはだいたいどこも酷いのさ。毎年酷いもんだっただろうさ。(刑務官の方々にはお悔やみを申し上げrrrるズェ…)酷かったとそう言っておけばだいたい当たる。それに出所後に、刑務所帰りの人っぽさも出てなんかチョイワルだろう。

そんなおれも入所してから数年間は大人しくしていたが、中で親睦を深めた丹羽って調達屋が先に出所しやがったもんだから、おれがあとを継ぐ事になった。この選択が後の凡ゆる波乱を呼ぶ事になる。
丹羽とはよく話をしていたから、この"仕事"の手順や気をつけなきゃいけない事、年末調整の書類を書く際の注意点なんかは諸々頭に入ってた。
…分厚く高い石壁に囲まれているここじゃあ、人と話すくらいしか暇を潰す方法がなかったからな。もっとも、バイタリティある連中は筋肉を鍛えたり、頭の冴える連中は色とりどりの石を並べてチェスのような事をしているが、おれにはどっちもなかった。あるのはそうだな、金への執着だけかもな。
刑務所で言う調達ってのは、受刑者からの依頼をとにかく極秘裏に、そして正確且つ安全に届ける、これだけだ。
極秘裏ってのは刑務官に対してだけじゃねえ。たとえそれが壁の中の暴動で命を奪える品物だったとしても、その依頼人が対立する組織の人間と同じ房にぶち込まれた裏社会の人間だったとしても、おでんの大根をほぼ生で提供するような愚者だったとしても、シャツの一番上のボタンと一番下の穴を掛け違うほどのガチドジだったとしても、絶対に誰にも喋っちゃいけねえ。それが調達屋のポリシーってもんだ。

1990年になるととある面白えヤツが入所してきた。野地という名の青年だ。なんでもゼリー工場で働いていたが商品を横領した罪とかもろもろで300年くらったんだとよ。
こいつが若いのにたいしたモンで、そのゼリー工場の副工場長を勤めていたんだと。
そんなエリート様が、こんな野蛮な閉鎖空間にぶち込まれて終身刑くらってんだ。ヤツがいつ自分の人生に終止符を打ってもおかしくないと思ったぜ。
野地は寡黙なヤツだった。たまに見せる笑顔もどこか抑え目で、片方の口角を少し上げ、片目は上、もう片目は下を向き、鼻水と鼻血を左右の鼻の穴から交互にスイッチングしながら出し、上がっていない方の口角は喉仏の辺りまで下がり、喉仏は首周りをグルグルと回り続け、頬を窄めて出来た窪みからは飲みきれなかったケラチナミン錠をポロポロと落とし、指を👌こうしてそのケラチの軌跡に触れぬよう輪っかの部分に通し、耳たぶは青ざめ、冷や汗は煮えたぎり、眼球の毛細血管は動脈を超えるほど膨れ上がり、ピアス穴からはさらりとした膿が噴水のように吹き出し、預金通帳と印鑑を手裏剣とまきびしのように撒き散らし、両親が危篤状態となり、曽祖父が果物の皮をたくましく剥き、たくましい弟さんは義理チョコにブチギレる程度だった。
野地は数日間このエビフライ刑務所で過ごした後、おれが腕のいい調達屋だと知ったようでさっそく話に来た。
「アンタ、調達屋なんだって?」
「口のきき方に気をつけた方がいいぞガキ。おれはお前より歳も上だしこの刑務所にいる期間も長い。」
「だがどっちもすぐにおれに追い抜かれるぜ」
ユーモアのある面白いやつだと思った。おれはこの野地に深く興味を抱き、本題をききたくなった。
「そんで、なんの用だ?若造」
「ある物を調達してほしい。『ごぷー』だ。」
何度も聞いたこの依頼文句だったが、ごぷーを依頼してきたのは野地が初めてだった。
調達自体は簡単だ。しかしこんな危険な物を一体何に使うのか、おれには検討もつかなかった。
「そんで、いつまでに欲しいんだ?」
「なるべくすぐにだ。これで急いでくれねえか?」
そういうと野地は袖の裏地の所から器用にコインを取り出し、おれに渡してきた。
「昔どっかで拾ったなんかのコインだ。奇跡が起きれば、そのコインの持ち主がなんらかの犯罪を犯してここに収監される。するとあら不思議、持ち主の手元に戻っちまうわけさ。つまりこのコインは奇跡を呼ぶコイン。名付けてヨブコだ。」
おれは苦笑いをしながらも野地の溢れんばかりのユーモアに感心し、ヨブコを靴の中に隠し入れ依頼を承った。
「お前面白いな、気に入った。調達の仕事を教えてやるから、ごぷーを何に使うのか教えてくれねえか?」
しかし野地は無邪気な笑みを浮かべ、大空に向かって両手を広げながら大絶叫するばかりでちっとも調達には興味を持っちゃくれなかった。ばか。

ごぷーを手に入れるのは然程難しい事ではない。しかし問題はどうやってそのトラックほどもある大きさの物体を刑務所内に入れるかだ。
そこでおれは、同じ受刑者のとある人物を頼った。土井だ。
土井は元々がんもどきを乾燥させる工場に勤務していたが、乾燥させたがんもどきに汗がピチョンと垂れて少し戻っちまう、というのを故意に行なって解雇された。そればかりか会社から訴えられて終身刑くらっちまったヤツだ。
大馬鹿野郎だと思っていたが、話してみると案外スマートで賢いやつだ。それに行動力があるから頼れる。おれはごぷーを刑務所内に、刑務官に見つからずに入れる方法を彼に聞いた。
「土井、折行って少し困っているんだが…。」
「…だろうと思ったぜ。お前の眉間にターコイズ色のシワが寄る時はたいてい何かに困っているもんな。んで、どうした。」
「ごぷーだ。ごぷーを刑務所内に持ち込みたい。」
「なぁに、そんな事か。4つ方法がある。1つ、刑務官を皆殺しにして監視下ではない状態にしたのちに真正面から。2つ、何らかの方法で宝くじを買って当てて全刑務官を買収して許してもらう。3つ、刑務官におりこうさんにする約束をしてお願いする。4つ、色々と頑張る。どれでも手配するぜ。好きなのを選びな。」
「そんじゃ、諦めるよ。」
「わかった。」
こうしておれはごぷーを諦めた。そして野地にもそれを報告した。
「野地、悪いがこの間のごぷー。あれは調達不可能だ。」
「ええ?でもアンタ、なんでも調達する凄腕なんだろ?」
「あのな、ここは刑務所だ。刑務官もいれば他の受刑者もいる。そんな敵だらけの場所にごぷーを持ち込むなんて言語道断不可能だ。」
「よし、わかった。そしたらおれに調達のイロハを教えてくれ。自分でなんとかする。」
正直たまげた。野地は寡黙ではあるが、どこかに沸る野心を持っている。それにおれの経験上、こういうヤツは大抵覚えが早く、すぐに技を自分のモノにする。
おれはその日から野地に調達のイロハを伝え、手軽なものから刑務所内に持ち込ませてみた。
1箱のタバコ、酒瓶、尿瓶、鶴瓶、アラビックヤマト、ホコリ、マイクロチップ、シボレー、おしぼり、犯罪者、とか色々な。
野地はやはり覚えが早かった。一年もする頃には自分の手でごぷーを刑務所内に持ち込んでいた。
野地はそれから少しして脱獄しちまった。ばいびー。

津田を知っているだろうか。おれは知らない。
津田はとにかく頭のキレるヤツで、何をする時も常に冷静を保っており、そのうえ美男子だった。
キリっと尖った目、綺麗に通った鼻筋、そして薄くも艶のある唇。程よく筋肉のついた胴からすらりと脚がのびている。
まさに才色兼備と言える男、それが津田だ。
そんな津田が服役中にたった一度だけ取り乱した一件がある。これは非常に面白い出来事だった。
ある朝の点呼の時間。けたたましいブザー音と共に刑務官の大声が響く。
「起きろ!点呼だ!」
するとそれぞれの独房の牢がガラリと開き、中から受刑者達が一斉に出て来て並ぶ。
手は後ろに組み、目線はやや上を見ている。これは向かい合う房の者同士が視線をぶつけ合うのを避ける為だ。
津田の独房は牢こそ開いたのだが、津田本人が出てこなかった。この場合は受刑者の脱獄の可能性もあるので刑務官達にとっては緊急事態だ。
津田が刑務所に入ってから世話をしていた刑務官の辻は、犯罪者である一方で模範的な態度の津田に大きな信頼を寄せていた。
そんな津田が脱獄した?はたまた房内で自殺した?とにかく何か嫌な予感がした辻は、片手に銃を持ちながら津田の房へと向かう。
「津田!点呼だ!出てこい!」
…気配はない。
「津田!ふざけるな!こういう場合は法律に則って、お前をこの銃で撃ち抜く事だって許されている。」
しかし物音ひとつしない。
「おい津田!」
そう言いながら津田の房に入った辻は、目を見開き両手を口元に当て、なんてこったと言わんばかりの反応だ。
「津田ーー!!」
何が起きたというのだろうか。それはすぐに明らかとなった。寝坊してただけでした。
「へへっすんませんみなさん。」
そう言いながらトボトボ出て来た。無事でよかったなと思いました。

森はこのエビフライ刑務所の中でも特に重罪を犯した凶悪犯だと言えよう。
なぜなら彼は日本中の警察署に以下のような犯行声明をファクシミリを用いて送りつけた。
"わるさしちまうぞ"
これがニュースに取り上げられるや否や日本全国で大問題となり、いったいどういう意味なのか、いつどこでどんな犯罪が誰によって引き起こされるのかという議論に達した。
この問題を受け、あらゆる専門家が一箇所に集められた。警察官のトップ層達、暗号文解読のプロ、現在はサイバー犯罪対策に勤める元ハッカー、取り調べの天才、カツ丼専門家、ビーフシチュー研究家、無類のしいたけ好き、麹菌観察隊のみなさま、杉嶋くらうど君(4才)、あと誰か数名だ。(キミのおとうさんおかあさんもいたかもしれないぞ!)
この中でも優秀な分析をしたのは御年90歳になられるジジイ・村松アブソリュートゼロさんだ。
「電話回線辿れば良くね?」
この発言がのちにインターネット上で広まり、解決へと導いた。
警察官はとにかく最優先で電話回線を辿った。
そして全く無関係の森が逮捕されたのだ。なんかんからんが、辿ったその時辿り着いたから犯人で間違いないという理由で逮捕され、終身刑になった。森は「私は具になりたい」と言っていたが、おれはIQが低いので何の事だか分からなかったです。

落語家の熱風亭キチみちといえば、お茶の間爆笑必至のクソおもろ芸人としても有名だが、このエビフライ刑務所ではそんな事どうでもよかった。
読者にとってもどうでもいいだろうが、少し聞いてくれ。彼は疲れている日は疲れが溜まっている証拠であるという事を発見した。そしてその事に関する書籍も執筆した。
これがオセアニアで大ヒットして、彼は今ジンバブエに豪邸を構えて、妻の上院議員レッチョムまさこ氏と共に豪遊の毎日を過ごしている。

そんな感じだここは。



ーあとがきー
最近風強いから気をつけてね。

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