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彼が奏でる真夜中のピアノ


何かしらのよんどころない事情により、
夕闇と共に高速バスに乗らなければいけない羽目になることがある。
窓の向こうの山の稜線に隠れる太陽は、忘れ物のような光を放ち、
(明日はいいお天気ね)と独りごちたり。
笠雲の中に消えていく時は、ひとつのラッキーを見逃した気分になる。

窓の外は薄墨のような世界に徐々に変わっていき、
バスの窓に写る自分の顔と、
外の家々や街灯の明かりに焦点を動かしてみたりする。

いつもならソファに寝そべって、
ヨーグルトリキュールのロックを片手に、
海外ドラマのはしごをする時間だ。
それなのに運転手はこの高速バスを運転している。
私がソファで心ゆるんでいる時に、
こうやって緊張感に身を置いている。

眠り込んでいる年配の女性は疲れた風体だ。
もしかしたら遠くに住む身内の介護に疲れて、
ひととき体を休めているのかも知れない。

ワイヤレスイヤホンを首にかけた若者は、
窓の外の風景から目を離さない。もしかしたら戦い疲れて、
知らない場所へ旅行を思い立ったのかも知れない。

こんな時間に不似合いな子供連れの母親は、
静かにさせることに心を砕いている。
もしかしたら夫に内緒で、ただ実家の癒しを求めに
乗っているのかもしれない。

全部私の世界の中での想像の物語だけれども。

自分なりの非日常に接する時、まるでひとりひとりが
自分専用の人生のスクリーンを眺めているんだなぁと
不思議な感慨にとらわれていく。

世界は人の数だけ有るんだねぇ。

そこに思いを寄せた時に、想像が広がり、見知った知識や
経験の総動員で、美しい景色や心優しい人々の笑顔まで思い出す。

なんてこの世界は悲しくて、楽しいんだろう。

思いがけない時間に、携帯のメール着信音がバッグの中で小さく響く。

『今宵は隠れ家風のレストランで飲んでいます。
ピアノがあったので、展覧会の絵をつま弾いてみました』

その瞬間に、心は1,500㎞離れた隠れ家レストランの片隅に座り、
陽気な彼の背中を見つめて、確かめてしまいたくなる。

もしやEL&Pのつもり?(笑)(笑)(笑)

「エマーソン・レイク&パーマー」EL&Pは1970年代に解散。シンセサイザーをいち早く導入し、クラシックと融合した最先端を走っていたスーパーグループ。「展覧会の絵」は冒頭にムソルグスキーの有名なクラシックサウンドが鳴り始める。


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