反転世海の流星群 第1話

白い波を立てる薄暗い海に視線を落とすと、そこはまるで夜空の星々が無限に広がっているようだった。
何も履いていない素足に、浜辺の砂がまとわりつく。
踏みしめた砂がわずかに軋んで沈み込み、海水の感触がじかに足裏に伝わってくる。
真夏の夜の、夢のように美しい浜の景色。
目の前には、目を見張るほどの明るい月。
その輝きは、水平線の真上に静かに浮かんでいた。

「自然に還りたい」
その場で彼女がそう語り、僕は何でもないようにそれに賛同した。
こんな世の中でこれから生き続けていても、ろくでもないのは火を見るより明らかだった。
だからその夜、ほんの小さな木の舟を勝手に盗んで漕ぎ出したのだ。
向かう先にあるのは、僕らが生まれてからずっと見知った雄大な火山島。
…この地域に住む人々が、無意識に引かれてやまない神聖な場所…。
そこなら一切の跡も残らない、知る人もいないまま行方不明扱いになるだけだろう。

そのつもりだったから、疲労を感じながらもその頂きに辿り着いた直後
…突然彼女が、恐怖心もなく興味深げに火口をのぞき込む僕の背中を押した事を理解して、ただ純粋に驚愕したのだ…
「えっ?」
その瞬間、落ち行く僕が最後に見た彼女の顔は
…何故か、今にも泣き出しそうなものだった…

熱を持った液体のような溶岩が、直下に広がっている。
僕は死を覚悟した。

…だが溶岩に触れるか触れないかの刹那、突然世界がガラスを割ったように…
もしくは見えざるベールを越えたかのように、一瞬で変化した。
高温の熱を感じると思っていた僕は、まるで冷水のように心臓を冷やす水の感触に驚く事となった。

底知れぬ水の中の風景は、まるで宇宙のように無数の光が瞬き落ちてくるようだった。
流星のようなその光は、一体どこへ向かっていくのだろう。
そして、その正体は何なのだろうか?

ふと目を覚ますと、岩のように固い地面に仰向けに倒れていた。
何が起こったのか、未だに理解出来ずにいる。
水が頭上から滴り落ちてきている。
その事に気付いて視線を上げると、そこには水面があった。
頭上に水面があるという事が、果たして起こって良いものだろうか?
だがそれは事実、純粋無垢な透明な水は落ちてくることもなくその場にとどまっていた。

再び視線を移すと、すぐ横に物珍しげに僕を見る妙な生物がいた。
ウサギと団子餅を合わせたような愛らしい姿、ちょっと美味しそうでもある。
?「ババ様の言っていた事は本当だったんだ!境界の純水から人がやって来た!」
「境界の純水?」
?「反転世界同士を繋ぎ分かつものだ、この二つの世界は決して一緒にはならない
  いや、一緒にしてはいけないのだ」
「でも僕は、一緒にいた友達に火口に突き落とされたんだ
 それなのに、水の中から落ちてくるのは変じゃないか」
?「反転世界の向こう側は熱い溶岩で、こちら側はかつて荒れ狂っていた水だ
反転世界が一つになろうとする時、向こう側では火山が噴火しこちら側では洪水が起きる
先程貴方がやってきた水は、一度荒れ狂うと溢れ出してこちらの世界を飲み込もうとするらしい」
ますますワケが分からないという顔をする僕に、その謎の生物は言葉を続けた。
だが二匹いたはずの一匹は、既にその場を去っていた。
きっと、誰かに何かを報告しに行ったに違いない。

?「貴方の友達というのは、もしやそちらの世界の巫女ではあるまいか?」
「巫女?姫花が?」
姫花というのが、例の世界に絶望した少女の名前だった。
?「境界の巫女でなければ、境界の橋渡しをする事は出来ない
  彼女は理由あって、貴方をこちらの世界に送ったのかもしれない」
「…」
話を聞いていてもサッパリだし、なんだか頭が痛くなってきた。
今すぐにでも元の世界に戻って、姫花に問いただしたいところだ。
だが頭上を見上げても水の果ては見えないし、この上に溶岩があったはずである事を思い出すと、そう簡単に戻れるものでもない。
《彼女は何の為に、あんな話をしてまで僕を火口に誘ったんだろう》
そう考えたところで、ふと足元がふらつく事に気が付いた。
?「どうしました?」
ウサギモチがそう言うのを片隅に聞きながら、どうやら熱を出して倒れてしまったようだった。

一番熱が高かったその日、夢の中に姫花の姿を見たような気がした。
彼女は相変わらず浜辺に佇んでおり、ごく普通の少女のようだった。
ただの幼馴染、そんな関係。
しかし彼女の家は裕福ではなく、かなり早い内からバイトなどをして家計を支えていた。
その中で辛い事が重なったのか、幼馴染である僕だけに愚痴をこぼす事もあった。
彼女は自然環境の問題にも敏感で、よく一緒に海岸のゴミ拾いなどをしたものだ。
人は何故、自分達の生きる世界を自らの手で破壊し尽くしてしまえるのだろうかと悩み悲しんでいたのも知っている。

自然の風景を眺めながら「自然に還りたい」と言うのが彼女の癖のようなものであったが、今回のように実際に火口に赴いたのは初めてだった。
だがそこで彼女が何を思い、僕を突き落としたのか
…いや、何ゆえ意図的に僕をこちらの世界に送ったのかまでは分からなかった…
ただ何故か僕は、彼女を恨む気には全然ならなかったのだ。

熱を出して数日、例のウサギモチ達が看病してくれていたらしい。
ウサギモチには他にも仲間がいて、同種族だけでなく人型をした者達もいた。
ただその見た目は獣そのもので、いわゆる獣人とでも言えそうな存在だった。
知識としてゲームなどは人並みにする方だったが、どちらかというと自然の中で戯れる方が好きで動物も好きだった。
だから彼らとはすぐに馴染む事が出来たし、彼らの方も僕を丁重に扱おうとしているようだった。
…何せ、僕が現れるに見合った予言というものがあったそうだから…。

熱が収まってすぐに、僕は巫女様とやらの前に連れていかれた。
彼女は団子餅形状ではなかったが、ウサギの姿をした獣人ではあった。
巫女「そうか、お主が此岸世界からやって来た者か
   名は何という?」
隼人「隼人です
   此岸世界というのは、僕がいた世界の事ですか?」
巫女「そうじゃ、こちらの世界は彼岸という」
隼人「それじゃあ、まるで死後の世界のようですね」
巫女「いや、お主は死んだわけではあるまい
   通常、何の力も無しに此岸と悲願を行き来する事は出来ぬ
   お主からは、特別な力を感じないからの
   だがお主をこちらの世界に送った者、その者が力を持っていたのじゃろう
   此岸と悲願には、それぞれ境界の力を持つ巫女が存在する
   巫女は世界が持つ自然の力を制御出来るのと同時に、その力を利用する事も出来る
   その力は特に感情の力によって操られるものだが、それ故に危険を伴う
   故に私のような年齢を重ねた者が、修行によって年老いて後に力を覚醒させて巫女を受け継ぐのが通常じゃ」
隼人「でも姫花は、僕と同じで15歳だ」
巫女「何ゆえにこういったことが起こったのかは分らぬが、それは明らかに異端の出来事
   こちらの世界がすっかり狭くなってしまったのも、その影響か」
隼人「世界が狭くなった?」
巫女「後ほど、外の世界を見てくるが良い
   私が言った言葉の意味を、よく理解出来るだろう
   ただお主は体調が万全ではないだろうから、お付きの者を寄越そう」
隼人「付き人が必要なほど、外の世界は危険なのですか?」
巫女「かつては危険じゃった、どこもかしこも戦乱だらけじゃったからの
   …この境界の地はかろうじて平穏を保っていたが、いつどき侵略されるかも分からないほどに…
   その頃、島の護衛にあたっていた者の子孫じゃが、もはや剣を振るう事の出来る者は彼しかおらぬのじゃ
   気を悪くしないでほしいが、此岸世界からやって来たお主のお目付け役のようなものとして考えてほしい」
巫女がそう言った時、部屋の扉から別のウサギの獣人が顔を覗かせた。
なかなか体格の良い青年のようだったが、それと同時に目つきもなかなか鋭かった。

「巫女様、お呼びでしょうか」
巫女「サナ、この若者に外の世界を見せてあげなさい
   ついでに、先の戦乱の経緯も聞かせてあげると良い」
サナ「分かりました」
サナは恭しくそう言うと隼人をじっと見て、ついてくるようにと促した。


サナ「オレは、お前の事を信用し切ったわけじゃないからな」
腰に大振りの剣を下げたサナは、敵意こそないものの胡散臭げな表情で隼人を見下ろしていた。
隼人「でも、僕があの自ら落っこちてきた事を否定する事は出来ないはずだろう」
サナ「それは確かに間違いないが、此岸世界にだって危険な人間はいるはず
   …まぁ、彼岸世界ほどではないにしてもな…」
サナのその言葉に、隼人は先程巫女に聞いた話を思い出して問うように返事した。
隼人「巫女様に聞いた、先の戦乱とやらの話を教えてほしい」
サナ「あぁ、聞かれなくても話すつもりだった」
そう言ってサナは手に提げていたゴーグルの曇りをぬぐうと、頭に引っ掛けてから話し始めた

サナ「戦乱が起きたのは、オレ達の祖父の時代だ
   お前達の暮らす此岸世界がどんなものかは知らないが、こちらの世界は血の気が多い
   …まぁ、お前の姿格好を見るに血気盛んな戦闘種族という感じじゃないしな…
   それはともかく、かつて彼岸世界は二つの大国に分かたれていた
   それぞれの国には、扱う者の心次第でどんな力でも持ちうる剣があった
   その剣は選ばれた者しか持つ事が許されず、手にすべき者じゃない者が触れると一瞬で死に至ったという」
隼人「何でそんなものが存在するの;?」
サナ「それはオレにも分からないが、彼岸此岸両世界が創られた時には既に存在していたらしい
   ただそれはオレ達にとっても夢物語だし、今はその剣は失われている
   …正確には、二国の主が最後に一騎打ちをした際に海に沈んで以来、ずっと行方不明らしい…」
隼人「それは、良い事じゃないか」
サナ「そうだな、戦乱を鎮めるという意味では
   現にその剣が主に使われていたのではなく、主が剣に使われていたという話もあるくらいだ
   …だがその二つの剣が失われた事で、二つの大国が支配していた二つの大陸自体が全て海の藻屑と消えてしまったのだ…」
隼人「え?」
隼人が驚きの声を上げた時、今まで歩いていた岩場の洞窟が不意に途切れた。

…目の前には、美しい真っ白な砂浜と見渡す限りの抜けるような青空が広がっていた…
頭上には絹のような雲が浮かび、平和そのものといった風に白い鳥が天を駆けていた。
再び砂浜に目をやると、こんなにいたのかというほど多くのウサギモチ達が平和そうに歩き回っていた。
隼人「すごい…僕達の世界にもこんな綺麗な所はあまり無いよ」
サナ「確かに、非常に美しい風景だ
   かつて戦乱が行なわれた世界とは、到底思えぬほどにな」
その言葉を聞いて、先程の話の続きが気になった隼人は問うていた。

隼人「二つの大陸が沈んだって、どういう事?」
サナ「言葉の通りだ、海が全てを飲み込んでしまった
   今この世界に残っているのは、この島だけという事になる」
隼人「それが、巫女様の言っていた世界が狭くなったって話か」
サナ「この世界に残るのは、もはやこの小さな島だけ
   そしてこの島に残された者達も、そう遠くない内に滅びる運命にあるのだろう
   …一説では、例の剣は彼岸此岸両世界を創造した女神が創ったものだとされている…
   そして両世界の巫女様は、その女神の生まれ変わりと言われているんだ」

こんな世界に送られて、自分に何をしろというのだろう?
隼人は、ますます姫花の事が分からなくなってしまった。
いや、姫花自身が彼岸世界の事を分かっていたのかどうかも疑わしい。
…こちらの世界の巫女が例の女神の生まれ変わりだとしたら、姫花もまたそうなのだろうか…?
だが例の二本の剣は彼岸世界にあって海に沈み、巫女はそれぞれ彼岸世界と此岸世界に分かれている
…それは一体、何を意味するのだろう…
隼人「…姫花、お前は一体何を考えていたんだ…?」
その呟きが姫花に届くはずもなく、隼人はただ眠気に目を閉じるしかなかった。


真夜中に目を覚ました隼人は、ふと誰かに呼ばれたような気がして起き上がった。
その事に気付いたお目付け役のサナは、剣の柄を鳴らして言った。
サナ「どうかしたか」
隼人「…いや、誰かに呼ばれたような気がして…」
だがその呼び声は、人間のものという感じではなかった。
立ち上がった隼人を再び胡散臭げに見てから、サナが言った。
サナ「どこに行くつもりだ」
隼人「君について来てもらっても構わない、ただ呼び声の出所を知りたいだけだ」
何故かは分からないが、どうしてもその呼び声の主を見つけなければ気が済まなかった。
普段そんな事はないのに、自分自身が不思議がった。
サナは相変わらず胡散臭げな表情ながら、隼人を止めようとはしなかった。

夜なので照明が半分以上落とされた道を歩いていると、隼人は何かを踏んづけてしまった事に気付いた。
隼人「うわっ!ごめん;!」
それはウサギモチだったが、ウサギモチは何も感じていないかのように首を傾げたっきり、何も気にしていない様子で楽しそうに去って行ってしまった。
結構思いっきり踏んだのにと、あっけにとられた様子の隼人にサナが言った。
サナ「あいつらは、実際に何も感じていないんだよ」
隼人「え?」
サナ「あいつらはな、例の戦乱が終わってしばらく後、突然海から湧いて出たかのように現れたらしい
   その正体は全く以っての謎だが、オレの母親はあいつらが戦死した者達、そして海に沈んで亡くなった者達の魂が海で浄化された姿じゃないかと言っていた」
隼人「…浄化…」
サナ「詳しい事は本当に分からないがな、オレの母親は古代文明の研究者だったんだ
   この島に残された数少ない古い書物の中に、そんな記述を見つけたそうだ」
隼人「…争い事ばかりしている魂は、浄化されなければいけないんだろうか…」
サナ「さぁな、俺には難しい事は分からん
   だがまぁ、踏みつけるのはあまり褒められた事じゃない」
隼人「気を付けるよ;」
サナ「ふん、足元をしっかり見て歩くんだな
   …ところでお前は、一体どこに向かって来たんだ…?」
そう言うサナの言葉にふと気付いてみると、隼人は何の装飾もない一見壁のように見える扉の前に立っていた。
未だに微かに聞こえてくる例の呼び声は、この中から発せられているように感じられるのだ。

隼人「これは、扉だよね?」
サナ「…お前には見えるのか、巫女様がわざわざ隠していた扉が…」
隼人「え?」
サナ「…分かった、巫女様に声をかけてくる…
   なんだかんだ言って、お前はやはりただの人間ではないようだ
   オレが戻ってくるまで、お前はそこから動くなよ」
そう言うサナの姿が見えなくなった途端、隼人の目の前の扉が音もなく開いた。
…これは多分、隼人が力を持っているんじゃない…
誰かが自らの力を使って、隼人を呼び込んでいるのだ。

暗い空間に足を踏み入れると、一見そこには何も無いように見えた。
先程まで聞こえていた呼び声も、今は聞こえない。
だが目が慣れてくると、その部屋はほんの小さいもので、すぐ目の前に何か置いてある様子の台座があるだけだった。
目を凝らしてよく見てみると、それは透明な宝玉のようだった。
隼人《…これが、僕を呼んだのだろうか…?》
そう考えた途端に、首根っこをとらえられ宙吊りにされた。

サナ「動くなと言っただろう!」
そう言うサナがすぐ目の前で隼人を睨むように見たので、さすがに萎縮してしまった。
だがそんなサナの横で、小さすぎてそこにいる事に気付かなかった巫女が言った。
巫女「サナ、そんなに大きな声を出さなくても良かろう
   この者は、水の宝玉に呼ばれたのじゃ」
隼人「水の宝玉?」
サナ「そんな事があるのでしょうか、巫女様
   例の戦乱以降、水の宝玉が意思や言葉を持たなくなって久しいのに;」
隼人「水の宝玉って、何ですか?」
呆けたような表情でそう言う隼人に、巫女は隼人の顔をじっと見てから静かに言った。

巫女「水の宝玉というのは、この彼岸此岸両世界の創世期より存在する四つの光る石の事じゃ
   それぞれに水・火・地・風の力を持っており、使い方次第で自然界に働きかける事が出来る」
隼人「…自然界に働きかける石…」
巫女「その使い手は石が選ぶのか、限られた者にしか扱う事が出来ない
   そしてその宝玉は、お主がサナに聞いたはずの二本の剣と深い関係にある」
隼人「と言うと?」
巫女「かつてそれぞれに分かたれた二つの国を支配していた二本の剣は、この宝玉が変化したものなのじゃ
   海に沈んだ宝玉は火と風、水の宝玉はこの島にとって置かれたが、地の宝玉は長らく行方不明になっていると聞く
   この島が災厄から逃れる事が出来たのは、水の宝玉のおかげだと言っても過言ではあるまい」
隼人「でもそれなら、どうしてこの宝玉が僕を呼んだりするんですか?」
巫女「お主は特別な力を持ってはいないが、何かしらの使命があるのかもしれぬ」
隼人「そんな事、僕の知った事じゃ…」
そう言った途端に、隼人は姫花の事を思い出していた。

姫花が本当に女神の生まれ変わりだとしたら、僕をこちらの世界に送る事で何か成してほしい事があったのかもしれない。
でも、こんな石一つで一体何をしろというのだろうか?
巫女は光る石と言っているが、そもそも現在において光を放っている様子もない。
かつては本当に輝きを放っていたのかもしれないが、戦乱の無い時代において強い力というのは災いを生むものにもなりえるだ。
だから隼人は、一旦この場を立ち去って冷静になってから改めて考えようと踵を返しかけた。
…しかしその時、また例の呼び声が聞こえたような気がしたのだ…。
その事にハッとして宝玉の方を振り返ると、光る様子の無かった石の内側が
…微かに、淡い青色に光り始めたのだ…

巫女「その石は、確かにお主を呼んでいるようじゃ
   手に取ってみるが良い」
サナ「巫女様!こんな事が許されるのですか!?」
巫女「サナよ、選ぶのはこの石じゃ
   長らく輝きの失われていた石に、この者が光を灯したのじゃ
   つまりそれは、この宝玉に何かなすべき事が出来たという事
   選ばれた本人が何も分からずとも、それが物事の流れというものじゃろう」
その巫女の言葉に、戸惑いを隠せなかったのは隼人の方だ。
じっと見つめる青い石は、ただその台座の上で輝き続けている。
手を触れずに放置したところで、何も起こりそうにはない。
…そして巫女が次の言葉を言ったところで、決意が固まった。
巫女「水の宝玉は、水の力を扱う事が出来るもの
   それがあれば、境界の純水を越えて元の世界に戻る事も出来るじゃろうな」

隼人が手を触れても、水の宝玉は特に変わった反応を示さなかった。
ただその輝きは失われずに、隼人の手の中で静かに光を放っていた。
その光にじっと見入っている隼人を見てから、サナは巫女に言った。
サナ「巫女様、もしこいつが水の宝玉を持って此岸世界に戻ったりしたらマズいのでは?
   この島は、水の宝玉があったからこそ二つの大陸と共に海に沈むのを免れたのでしょう;」
巫女「確かに、水の宝玉が失われれば、いずれはこの世界も全て海に飲み込まれ消え去ってしまう事じゃろう
   じゃが、水の宝玉の力をいくらか覚えている私が生きている間は、当分大丈夫じゃ
   …それでもいずれ、終焉は訪れてしまうもの…
   なによりも此岸世界で大きな問題が起きれば、彼岸世界にも少なからず影響が出る
   現に今このような状態となっているのは、此岸世界の異常の為と予言されたのじゃ」
その言葉を聞いて、隼人は驚いたように巫女を見た。

隼人「…それなら、最初から分かっていたのですか…;?」
そう言う隼人をじっと見てから、巫女が静かに答えた。
巫女「お主が現れるまで、その予言の内容はハッキリとしたものではなかった
   しかし今なら分かる、お主はその宝玉を持って再び此岸世界に戻らねばならない。
   そうすれば、事の真相が分かるはずだと」
サナ「…我々が長く守って来た水の宝玉は、こいつをずっと待っていたと…?」
巫女「あぁ、その通りじゃ
   だがいずれ水の宝玉は、この彼岸世界に還ってくるじゃろう」
隼人「それも、予言ですか?」
巫女「さて、それは神のみぞ知る事かもしれぬな」
そう言って巫女は、突然踵を返すと立ち去りかけた。
そしてもう一度だけ振り返ると、優しい笑顔で隼人に言った。
巫女「その力を生かすも殺すも、危険なものとするのもお主次第
   ワケの分からぬ事だらけじゃろうが、誰かに託す事は出来ぬ相談じゃろうな」

水の宝玉を持って、隼人は境界の純水が張られた部屋に立っていた。
巫女の言う通りにワケの分からない事だらけだが、じっとしているだけでは何も変わらない。
頭上の水面を見上げると、彼岸世界にやって来た時に見た光のシャワーが遠くに見える気がした。
…この境界の純水とは、一体何なのだろうか…
遥か頭上高く、此岸世界の火口の溶岩は隼人が出て行っても大丈夫なのだろうか?
あの場所が彼岸此岸両世界の境界線となっている事は間違いないと思うが、自分が死んだのでなければどういった仕組みになっているのだろう。
彼岸世界の巫女は、僕を火口に突き落とした姫花が此岸世界の巫女なのではないかと言った。
もしそれが本当だったとしても、姫花が隼人を突き落とした理由は?
彼女は、この水の宝玉の事を知っていたのだろうか?
そして、それが隼人を呼んでいる事を知ってこちらの世界に送り出したのか?
…事の真相は、隼人が水の宝玉を持って此岸世界に戻れば分かるはずだと巫女は言った…
曖昧な表現ではなく、確かに分かるはずだと言ったのだ。

長い時間、頭上を見上げていた隼人は、握りしめた宝玉にようやく念じ始めた。
…目を閉じた瞼の裏に、夜の海に映し出された満天の星空が見えたような気がした…。
誰かに習ったわけでもないのに、どうすれば良いのか分かる。
もしかしたら既に、この石の支配下にあるのかもしれない。
そうだとしたら、大きな力は危険を伴うものだ。
だから隼人は、ただ単純に此岸世界に戻る事だけを願った。
…余計な事は考えずに、自分にとってはさほど大した居場所ではなかった此岸世界に…。
ただ、姫花の姿を脳裏に思い描きながら。

強烈な青い光が部屋を支配したのち、あとには誰もその場に存在してはいなかった。
ただそれから少し間をおいて、境界の純水から複数匹のウサギモチが落ちてきた。
…まるで、境界の純水から産まれ落ちてきたかのように…。
彼らは相変わらず呆けたような表情と仕草で、何事もなかったかのように滑るように床を進み始めた。
その身体の中から発せられていた微かな光はすぐに消え去り、すぐに他のウサギモチ達と見分けもつかなくなってしまった。


中高生の頃より現在のような夢を元にした物語(文と絵)を書き続け、仕事をしながら合間に活動をしております。 私の夢物語を読んでくださった貴方にとって、何かの良いキッカケになれましたら幸いです。