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母とまぜそば

 大学生ともなると親が学校に来ることなどそうそうないと思うのだが、うちの両親は何かというと大学、とまでは行かずとも京都に行きたがる。そして決まってこう尋ねる。「どこか美味しいお店知らない?」

 基本的に家か学食でしか食べないわたしに聞くより食べログで調べたほうがいいと思うのだが、一応、行ったことがあるか口コミで気になっているお店を挙げることにしている。そんな会話の中で出てきたのが大学から程近いラーメン屋だった。

 わたしはそこで初めての一人ラーメンをしたのだ。10人そこそこのカウンター席と厨房以外のスペースがほぼない店内。お兄さんとおじさんばかりのむさ苦しい空気にやや慄きながら食べた一番小さな台湾まぜそばはとても美味しかった。締めのご飯も完食して店の外に出たときの、一人ラーメンをやり切ったという達成感。大人の階段をまた一つ登った、ような気がした。

 初めての一人ラーメンエピソードはともかく、そこの台湾まぜそばが本当に美味しかったから両親にもおすすめしたのである。まさか、母があんな顔をすることになるとは夢にも思わずに……

 ある日、両親が京都に遊びに行っていたらしい。わたしは母に尋ねた。

 「お昼は何食べたの?」

 「あのね、入り口で水渡されたの!!!」

 「はい……?」

  父が説明するところによるとこうだ。二人で京都へ行き、娘に勧められたラーメン屋で昼食を摂ることにした。表で食券を買い、入店時に店員さんに渡す。もぎった半券と共にコップに入った水を渡され、カウンターのどこかに座るのだが、この「水を渡される」というのが母には非常に衝撃的だったというのだ。

 「だって、はっと気付いたらお水持ってるのよ!?なんで!?」

 吹き出した。お姫様が従者の目を盗んで街へお出かけしたときの感想ではないか。この忌憚ない感想に父まで吹き出した。そして共感されなかった母の衝撃は行き場を失った。

 実はこのお店にも長らく行っていない。世の中が落ち着いたら、今度はわたしが、母を連れて行こうか。

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