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🅂3 逆手に取る

「A little dough」 第5章 貯蓄と投資 🅂3 逆手に取る

 貯蓄にしても投資にしても、それは「現在の消費を後に回す」ということに繋がります。これは現在を優先する報酬系回路のしくみに従順な「楽しいことは今、嫌なことは後回し」という私たちのビヘイビアと真っ向から対立します。前節では、ファイナンシャル・プランの視点から貯蓄や投資には中長期的な視点が必要であることを記載しました。一方で実践的な貯蓄や投資を考える上でも、複利効果や株式市場の成長といった大きなメリットをしっかり獲得していく必要性から、中長期な判断が重要になります。個人投資家向けの書籍では、専門家が「長期投資の原則」を繰り返し述べています。その理由は、個人投資家が比較的小さな金融資産で投資を行う場合の自己規律(ディシプリン)として、極めて重要だと考えているからです。
 日々日常において、誘惑に跳び付きがちな報酬系回路と対立しつつ「長期間の保有を貫くこと」は、頭で理解している以上に困難が伴います。実体験の中で腹落ちするくらいまで理解していないと、継続できないのです。たぶん実際は、何度かの失敗を通して学んでいく、という辺りに落ち着くのかもしれません。

メンタルアカウンティングを使う
 さて、とはいえ人間の持つ認知力の偏向性については、認知心理学のような体系的な整理ではなくても、私たちが日常的に薄々感じ取り、改善しようと努力してきたこともあると思います。第1章でも触れましたが、私たちは「心の家計簿(メンタル・アカウンティング)」というものを知らない間に使っています。

 第2章で記載したサンクコストやこれを収入に置き換えたハウスマネー効果などもそうですが、本来お金の価値は使途や入手方法に左右されないものなのに、私たちはお金にはたくさんの付箋をつけています。ギャンブルで大儲けした人がこれをすっかり掏ってしまったりするのは、「どうせあぶく銭だから…」という入手経路情報が、大きな原因となっています。
 ところがこうした色分けも逆手に取れば、逆に自制心をサポートすることに繋がる可能性があります。昔からよく取り上げられるのは「3つの財布」という考え方ですが、「資金使途」や「資金需要の長短」に応じて財布を分けておくという方法です。一見平凡な手段のようですが、iDeCo・新NISAといった税制優遇制度や良心的な金融商品を使って実践すれば、「令和の3つの財布」として大きな効果が見込めると思います。
 もっともポピュラーな事例としては以下のパターンです。

「令和の3つの財布」
①長期:老後資金➡iDeCo(またはDC、積立NISAなど)
②中期:教育資金など➡積立定期預金(または積立NISAなど)
➂短期:当座生活費➡銀行の普通預金

 iDeCoや新NISAの概要については数ある専門書に委ねますが、iDeCoは完全に老後資金として積み立てるものなので60歳までは受け取り出来ません。これなら報酬系回路も手を出せませんし、加えて積立時と受け取り時、二度の税制優遇処置がありますので、様々な制約と裏腹ではありますが魅力的な制度といえると思います。また新NISAは正直私たちの現役時代にはなかった夢のような制度です。使わない手はありません。ただしこちらはあくまで「投資」ですので「中長期の保有又は限定的な目的使用」といった自己ルールが必要になると思います。
 こうした貯蓄の使用目的などを色分け(分類)することによって、私たちは単なるお金ではなく、その向こう側にある「ライフスタイル」を強くイメージできるようになります。貯蓄しなければという思いが強く、いつの間にか「貯蓄の為に働いている」ような錯覚を起こしがちな私たちですが、そもそも「人生を楽しむ」ための貯蓄であることに立ち返り、これを促進するインセンティブ効果を生みだすことにも繋がっていきます。

※iDeCoや新NISAはこれからの社会人にとって、必須の貯蓄(または投資)アイテムになることは間違いありません。下記は日経の田村正之氏の著作ですが、何時も力が抜けている方なのでとても読みやすい本だと思います。今回は新NISAという魅力的な制度のスタートということもあり、少し気合が入っているようです。これから検討する方には、ぜひ参考にしていただきたい本だと思います。

Nudge(ナッジ)
 さて上記の「3つの財布」は、何かと不要な分類に引っ張られてしまう私たちの認知力の弱点を逆手にとるという手法です。予め私たちのお金にライフ・デザインとして有効なラベルを貼ることで、家計管理や貯蓄をコントロールしようとしているからです。こうした発想は様々な形で実践されていますが、米国では年金申込みの際に「従業員からの意思表示がない場合は、自動的に401Kプランになる」という仕組みを導入してその普及に大きな成果を果たしたといわれています。私たちは、明確な選択意思を持っていないようなケースでは、しばしば「提供されるもの」をそのまま受け入れてしまう傾向があります。
 これは「デフォルト効果」といわれていますが、人間の認知・行動特性を逆手にとって特定の結果に導こうとする「ナッジ」の一例です。2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーは法学者のキャス・サスティーンと共に、2008年に「Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth, and Happiness」(実践行動経済学)を発表し、こうした考え方を提唱しています。
 第1章でも記載しましたが、私たちは「認知的負荷を軽減したい」「周囲と同調してしまう」「自制できない」といった特性を抱えています。そこでこれらを上手くナッジの対象とすることで、無意識に行うシステム1の直感的判断が、まるでシステム2に導かれたような、理性的な判断による効果を生むことがあります。そのため透明性・倫理性など担保した上で、公共政策なども含め様々な施策が実施されています。
 次回はセイラーが提唱した貯蓄に関するナッジの応用事例をさらにみていきます。


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