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倍速視聴と若者論が映し出す本質

(扉画像は日経COMEMO公式エントリーから引用)

誤解されがちな倍速視聴の実態

日経COMEMOで「#倍速で楽しみたいこと」という記事募集をしていたとは知らずに、Yahoo!個人で以下のような記事を書いたところ大きな反響がありました。公開から5日が経っていますが、未だアクセス数が多い状況が続いています。

筆者は新潟県北部の小さな大学で教員もしているのですが、学生に「倍速で映画とかアニメを見ている?」と尋ねても「いや倍速ではムリです」という反応が専らで、一体どういうことなんだろう?という素朴な疑問からアンケートを採って分析をした、というのがこの記事の出発点でした。

そこで見えてきたことは、映画・アニメのような物語コンテンツは倍速――少なくともずっと早送りでは視聴されておらず、YouTuberの解説動画のような情報コンテンツは、積極的に早送りやスキップが行われているという実態でした。

考えてみればごく自然な結果です。よく「友だちと話をあわせるためとにかく沢山見なければならないから時間の節約のため倍速で見ている」という説明がされますが、倍速視聴では物語の流れが追えず、話を合わせにくくなることが難しくなるのは自明ですし、学生たちのやり取りを見ていても「あれもこれも」は見る余裕はなく、特撮なら特撮、韓流ドラマならそこから話題作だけ、とかなり絞り込んでいるのが実態だからです。そもそも配信サービスでは早送り機能が用意されていないことの方が多かったりします。

一方で、情報コンテンツは見たいところ、欲しい部分を簡単に探し出して時短でチェックすることが容易に行えるようになりました。記事への反応では「YouTuberの動画が無駄に長いものが増えた」との指摘もありました。YouTubeの広告報酬を得るためには再生時間が長い方が好都合で、そういう背景もあるかも知れません。私も含め視聴者はある意味それに対抗する形で「本題」まで積極的にスキップを行っていますが、テレビ録画のCM飛ばしと本質的には同じ事で、それがより簡便に行えるようなったに過ぎません。

倍速視聴を若者論として語るべからず

「若者が倍速視聴をしている」という主張の根拠に、倍速視聴を行ったことがあると答えた「経験者」が多い、というデータが挙げられることがあります。しかしYouTubeなどの動画配信サービスの使用率が高い若年層において、その一機能である「早送り」「スキップ」「シーク(再生したい場面へのジャンプ機能)」などを一度も使ったことがない方がむしろ少数派です。それが何故か「若者が映画を倍速視聴をしている」というデータの解釈になっているのは、倍速視聴が示す課題や可能性の本質を見落とし、問題を「若者論」という狭い範疇に押し込めてしまっている可能性があります。色々なデータを見ても「動画サービスの普及に伴い、(物語コンテンツ以外の)情報コンテンツは世代を問わず積極的にスキップされている」というのが実態ではないでしょうか。

わたしは動画配信サービスにおける映画やアニメなどの物語コンテンツにおいて、課題となるのは、むしろ「再生のキャンセル」だと考えています。面白く無い、退屈だと感じられてしまえば瞬時に再生をキャンセルされ、他の作品に移られてしまう/移ることができる、というのは物語の作り手にとっては大きなインパクトがあります。実際NetFlixでは脚本家に対して「いかに再生をキャンセルされないシナリオを構成するか」といったテーマでのセミナーが開催されているようです。Yahoo!個人の記事でも書いたように、メディアが変われば当然にコンテンツの形も変わりますので、好む、好まざるに関わらず向き合うべきテーマなのだと思います。裏を返せば配信を想定して作られ来なかったいわゆる旧作・名作に、どう親しんでもらえれば良いのか、という課題でもあると言えるでしょう。

そして記事ではもう一つの課題として物語の読み解きの力=「リテラシー」を挙げたのですが、これも何も若者に限った話ではありません。経済環境が厳しくなるなか、多くの物語に触れ、じっくりと解釈をする余裕がなくなりつつあるのは、いわゆるロスジェネ世代以降に共通する悩みでもあります。リテラシーが失われてしまっていては、これも記事への反応で指摘のあった「速読」と同じく、行間を味わうことなく、手早く文字面・表面的な流れだけ押さえて「分かった」と言い張るようになってもやむを得ません。また、それが表面的な理解に留まっているということも、対話によって指摘される機会がなければ「こう書いてあった/描かれていたから」という思い込みから抜け出すのも難しいのです。まさに社会・コミュニティの分断の根っこにあるのは、貧困・格差の問題であって、若者論でかたづけることはできないのです。

このように「倍速視聴」を巡る議論は、現在の私たちとメディア・コンテンツを考える上で、様々な課題を示してくれています。今週末にはITジャーナリストの西田宗千佳さんをお招きして、こういったテーマをさらに掘り下げるイベント( https://jsas-industry-7th.peatix.com/ )を開催しますので、ご関心のある方はぜひご参加頂ければと思います。

※この記事は日経媒体で配信するニュースをキュレーションするCOMEMOキーオピニオンリーダー(KOL)契約のもと寄稿しており日経各誌の記事も紹介します。詳しくはこちらをご参照ください。



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