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「ダサっ!」って思う大人の真理はなにか?

うわーーー ダサっ!!

大人になってもそんな使い方をする人は大勢いると思う。
もちろん、いい意味で使われることは決してないのだけれど。

学生時代の「ダサい」というのは主にファッションのことをいうことが大半だった。中学・高校・大学の人間関係というのは、何人かのグループをなしていることが大半で、必ず「目立つグループ」「地味(目立たない)グループ」というように区別するパターンが多い。

「ダサい」と呼ばるグループは「地味(目立たない)グループ」の人たちに当たるのだろう。


社会人になって、30歳を超えても相変わらず「ダサい」と会話の中で出てくるし、実はわたしも心の中で「うわーー ダサーーー!」って思う人がいるんだ。自分の心の中で、というのがポイントね(笑)


【わたし流「ダサい人」−本気も本音もださいない人】

みなさん、興味はないかもしれないが、わたし流「ダサい人」をご紹介したいと思う。

大人になるとファッションは好みが分かれるし、ファッションやヘアースタイルをみて「ダサい」とはわたしは思わない

どんなに素敵なスタイルの人でも、どんなに美人で素敵な髪型でも「ダサい」人はいるからだ。


「宮下さん、こんなにお客様がついてスゴいじゃないですか?」と言って、そのことばには全くその人の心が感じられない人
(心を感じる人は思わない)

「わたしの実績は◯◯です!なぜなら、みんなが喜んでくれることがわたしの幸せだからです!」と、すごい笑顔で自分の正義感を発表する人
(本当に思っていたら、みんなに発表して認めてもらいたいとは思わないはず)

「今のあなたは、まだまだ。だから、あの有名人は紹介できないよ?」
と、なぜか自分じゃないのに、有名人の友達のパイプ役を自ら断る上から目線な人
(よくわかんない。とにかくちょっと不快)


こういう人を「ダサっ」って思うことが多い。
きっと「本音じゃない、本気でやっていない、甘い」そんな感じが受け取れるからなのだろうと思う。まあ、思い込みも多々あるのだが・・

っていうか・・・

そもそもダサいってなに??


ださい
[形]あかぬけしないことを俗に言う語。やぼったい。「―・い趣味」
 ※Yahoo!辞書より


ここまで来て思った。

しまった!ダサいの、わたしじゃない??

垢抜けない、やぼったいって・・・・
周囲の人を「ダサっ」って思っている時点で、自分が本気で本音で生きていると思っている時点であかぬけないし、やぼったい。。

きっと人なんて、どこかしら「ダサい」んだと思うんだ。

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