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「ただひたすらに繰り返すその作業は、まるで想いを紡ぐかの様に。」


「それでも憧れた心の胸飾り」

憧れの先にあるものが、いつまでも憧れた日のままではないかもしれない。
それでも、あの時感じた美しさと儚さと煌めきがいつまでも忘れられなくて、
何度も密かに思い出しては心の中で愛でてしまう。

卒業作品展に並んだ8点のブローチ、
1年かけて向き合った気持ちと、忘れてしまいたくはない私の中の高揚をここに。


Photo by みのりん


卒業作品展にご来場いただきました皆様、ありがとうございました。
風の噂で1日に来場者数が1万人近かったと聞いて、後にも先にもこんなに沢山の方に作品を見て頂ける機会は中々ないと感じ、とても嬉しく思っております。

制作の合間で書き溜めてきたこのnote、
今日は卒業制作で制作したブローチの事に触れる前に、私が作品を作る時のテーマがいつも「愛情」であることについてからお話させていただけたらと思います。

3浪の秋に祖父が亡くなったことがきっかけでした。

身近な人の死に向き合うのが初めてだった私が祖父の葬儀の最中感じたことは「命の尊さ」とか「死生観」とかそんな高尚なものではなくて、祖父母の間にある「愛情」に対する憧れのようなものでした。

泣きながら祖父に話し掛ける祖母の言葉たちが綺麗なものばかりで、心なしか祖父の顔も一時の別れを悲しんでいるかのように感じました。

葬儀場ではもしかしたら毎日の様に見られる光景なのかもしれません。
でも私の関心はその時に感じた二人の「愛情」に完全に持っていかれたのです。

時間を経て、私も大人と言われる方の立場になって周りを見渡せば、この世にある「愛情」は案外綺麗なばかりでは無いんだなということも知りました。
テレビではおしどり夫婦と言われていた芸能人の不倫のニュースをやっているし、耳を塞ぎたくなるような話も少なくありません。

時代が違うから。
多様性だのなんだのが叫ばれる今では、綺麗な愛情の定義も、愛情を向ける先も、
人それぞれであり正解なんてありません。
きっと私が受け入れられない愛情の形も、誰かにとっては憧れてしょうがないものなのかもしれませんね。

それでも私は、私の憧れたあの日あの場所で見た気がする愛情への憧れを持って、
それを目に見える形にしてこの世界に作り出せます様にと、

あの日から、作品のテーマは拘らずともいつも愛情でした。

学部2年の時に初めて制作した大型ジュエリー作品


そして学部4年間集大成の卒業制作に選んだ「愛情」は、やはりあの時あの場所で感じたものなのでした。

愛情なんて大きなテーマを掲げたら、さぞどんなことを語ってくれるのだろうと思った方もいるかもしれません。

隣人を愛することができれば世界は平和になるとか、
愛は全てを救うのだから信じて進めとか。

でもそんな大層なことじゃなくて、
誰も知らない間に街中でぽっと生まれて、何を起こすでもなく何を変えるでもなく繰り返される日々の中に存在し続けられるその愛情が、私にとってはとても儚く綺麗で愛おしいのです。


せっかく少し昔の話をしたから、卒業制作に直接は現れなかったけれどこんなことも考えてたんだよってお話も少しだけ。

工芸科にいると耳にタコが出来るほど言われる「素材と向き合え」って言葉があるんですが、この4年間の中で専攻している金属の他に素材として興味をもったのは、「真珠」でした。

学部3年の時に制作したリング


水の中で長い年月を重ねて、層を重ねて、綺麗に丸くなっていく真珠に、
共に過ごした年月の中で育まれていった愛情と似たものを感じたからです。

3月に1人で真珠の養殖で有名な三重県に旅行に行きました。
私が制作に使うにはまだ手も出せないような質の真珠を見て回ったり、
家族連ればかりの観光用のフェリーにたった5分の真珠の核入れ作業を見るためだけに乗り込んだり、

三重でお土産屋さんのお婆様から頂いた真珠


実は卒業制作も、最初は真珠ありきで考えていました。

最初のエスキース


最初のテストピース


朝学校に行って、作ってみてはなんか違う気がして、また違うことを試してみたり、夜には9割完成しているものを最後の仕事でお蔵入りにしてしまったりも、
文字どうり試行錯誤の日々でした。

その時から変わっていないのは
・透かし(糸鋸で模様を切り出していく技法
・彫り(鑽という先端が刃になっている道具を金槌で打ち模様を彫っていく技法
を用いるという事。

透かしと彫りのアップ


真珠に惹かれた理由と同じで、
ただひたすらに繰り返すその作業で1つの物を形作っていくことは
日々の中で思いを紡いでいくことと重なると感じたからです。

卒業作品展で在廊しお客様と話す中で、この透かしと彫りについて「レーザーカッターと型押しですか?」と度々聞かれましたが、全て手で糸鋸で模様を透かしています。

レーザーの委託では1mm以上の地金の残しがなければいけない為、そもそも委託が不可能なこともありますが、自分の中に「手作業」であることへの絶対的価値を感じているというのが今回の卒業制作には強く表れていると感じています。

自分の手で0から物を作りだすことができる事に強く惹かれて工芸科を受験し、彫金専攻に入りました。
機械に頼ることが多い効率重視の世の中で、一つひとつ手作業で作り出すという事にプライドと祈りのようなものをかけて作品を作っています。

例えるなら、ラインでもらった言葉よりも、時間をかけて会いに来て伝えてくれた言葉のほうが心に沁みるような気持ち。

そして作業工程への質問と同じくらいご質問頂いたのが「形選び」について、
抽象的なコンセプトを鑑賞者に伝えることの壁は思ったよりも高くて、とても迷ったけれど、最終的にたどり着いたのは「宝石のカット」です。

ジュエリー制作をしている身ではなくても、古くから多くの人々が求め自身を着飾った宝飾品に組み込まれた宝石は「憧れ」の象徴として鑑賞者の共感を得られるのではないかと考えました。

部分的に咲かせた花に霞草を選んだ理由は、花言葉に「幸福」「清らか」などの明るく、コンセプトの「愛情」を形容するのによく似合う言葉だったから。
2023年のクリスマスはケーキも食べずに朝から晩までひたすらに花を作っていたのも、良い思い出です。

作品を作る時にすべてに意味を求めすぎてしまうと自分を苦しめて表現の幅を狭めてしまうことも少なくないですが、今回の卒業制作ではそのすべての意味が自分の中でぴたっとはまって心地よく作れたのではないかなと感じています。

会期を振り返ってみるとブローチ自体の仕上がりももちろんですが、作品が落とす影が綺麗に映るところも好きなところです。

卒業制作を終えて、この学部生活の中にやり残したことや悔やむことは何もないと改めて感じています。
2020年のコロナ禍の入学だった為、確かに制限されて我慢する事は沢山あったけれど、
私と関わってくださった全ての人と、作品を見て暖かい声をかけてくださる皆様のおかげで、この4年間作品を作り続けることで過ごすことが出来ました。
本当にありがとうございます。


これからの事を考えると、
もっともっと日々の中に溢れる感情のことを作品にしたいなと感じます。

感情は目に見える形がなくて伝えることが難しいけど、書き留めておかないと忘れてしまう感情を私は形にして残しておきたい。

ジュエリーという「物」として日々の中にいるけれど、その深い意味にはたまに触れて懐かしんで、また日常に戻っていく。

繰り返す毎日の中で生まれては消えていく感情は、私の生きる人生の中で最も価値のあるものだから。

あと少しだけある4年生としてやるべきことが終わったら、
また日々ジュエリーを作って、見て頂ける方にお届け出来るように、
そして実際に作品たちを見て頂ける場が作れるように、
どこかで展示をする機会を頂けるようにと、

ちょっとずつ前に進んでいけたらと思います。

いつもより長く綴ってしまったこのnoteを最後まで読んでくださってありがとうございます。

皆様の毎日が暖かい感情で包まれていますように。



2024.02.08
nanai.



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