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エッセイ 「真夜中の怪談」


 夏の気配を感じる蒸し暑い夜に、飲みながら怖い話を聞く機会があった。
 話してくれたのはTVやライブなどでも怪談話を披露したことのある人で、子供の頃から霊感のある自身の体験談を中心にいくつか聞かせてもらったのだが、話を聞いているうちにどんどんと引き込まれていく臨場感や、おどろおどろしいだけではない妙なリアリティーがあり、大人になってから怪談話で寒気がするほど怖いと思ったのは初めてだった。
「やはり本物は違うなぁ〜」と間近で体験したからこそ感じたのだが、もう一つそう感じた理由が僕にはあった。

 あれは十年以上前のことではないだろうか、僕も一度怪談のライブに出演したことがある。大阪吉本から東京の事務所に入ったばかりの頃で、突然夜中にマネージャーから電話がかかって来た。
 話を聞くと、ネタを何度か見て貰ったこともある構成作家の方が怖い話の本を出版するらしく、出版にあたり行われる明日のイベントを手伝って欲しいということだった。
 事務所が忘れていたのか、急遽誰かのスケジュール変更になったのか、唐突なお願いではあったが特に予定もなかったので僕は参加することになった。

 当日の昼ぐらいに集合場所に行くと僕以外にも三人ほどの若手芸人が来ており、僕と同様に皆状況を詳しくは理解していない様子だった。その後すぐに主催の構成作家さんが来て近くの喫茶店に移動したのだが、やはり何かトラブルがあったのか作家さんには少しの焦りや苛つきが感じられた。
 喫茶店でその日の進行スケジュールを渡されると、手伝いどころか僕らはそのイベントで「芸人の怖い話」として、一人一本がっつりと怪談を披露することになっていた。
 マネージャーからとりあえず何でもいいから一つ怖い話を用意しておいてと言われていた僕たちは、持って来た話がどの程度のものか作家さんに披露することになったのだが、特に怪談が得意ではない僕らの話に、「オチが弱いなぁ…」とか「それに似たパターンの話は結構あるなぁ…」などと納得いってないようだった。

 少し考えてから作家は「じゃあ、もうとりあえず俺が一発目に話して流れ作るわ!ほんでその後に君達が話して、盛り上がってなかったらその間に何個か俺が挟んでいくから!」とぶっきらぼうに言い放った。
 ちなみにどんな話を一発目にするのか作家に聞いてみると、雪山で遭難した四人組が山小屋を見つけ避難して、そこで寒さを凌ぐために部屋の四隅にそれぞれが陣取り、順番に仲間の背中を叩いて朝まで部屋をるぐる回り続けて生き延びたのだが、よくよく考えるとこの「肩叩きゲーム」は五人いなければ成立することはなく、暗闇の中にいた五人目は誰だったのか?という、僕が子供の頃からずっとあった有名過ぎて誰もが知っている古典的な怪談話を披露し始めた。

 今さら誰がそんな話で怖がるねん、お前の怪談が一番不安やと罵倒したかったが、作家は大真面目な顔つきで僕らに話の感想を求めてきた。
「怖いですねぇ…」と顔を引き攣らせながら答えると、「よっしゃ行こかっ!」と作家は一気に残りのアイスコーヒーを飲み干し席を立った。

 不安を抱えたまま作家について行くと、大きな川の流れる乗船場に到着した。なんとその怪談ライブは、遊覧船の中で軽食を摘みながら楽しむツアーだったのだ。
 作家はスタッフに挨拶をすると雰囲気のある屋形船などいくつか並ぶ中から、最も近未来的な船に乗り込み始めた。
 それはもはや船と言うよりは宇宙船に近く、シルバーメタリックに輝く流線形のボディーは、何光年先の銀河まで僕らを連れて行ってくれそうだった。

 いや何処で怖い話しますん。

 作家に続いて船内に入ると、白を基調とした内装はやはり近未来を意識させ、船内を暗く出来るかどうか照明をいじってみると、床に嵌め込まれたパネルからピンクや緑の光がレーザービームとなって照射された。

 コロナビール片手にパリピが大人数で踊り狂うための船やん。

 唖然としている僕らを尻目に、作家は椅子を並べて僕らの座り位置を指示して来る。リハをしながら、来場者がそこそこ高い金額を払ってここに怪談を聞きに来るのかと思うと、何よりもそれが一番怖かった。

 
お客さんの乗船を終え船の出発と共に本番が始まると、予定通り作家が古典怪談を披露し皆をポカンとさせた。もうダメだと思った僕は芸人とは紹介されていたので切り替えて、怖い話風なエピソードトークで笑いを取りなんとか盛り上げたのだが、これを良くない方向に向かっていると判断した作家が、ここでまた聞いたことあるような薄い怪談話をぶち込んできた。
「余計なことせんでいいねん」と思ってる僕に対して、作家は「ここは任せとけ」という視線を送ってきた。
 話が終わるとまたお客さんはポカンとして、芸人側が大袈裟に怖がるリアクションでまた盛り上げる。するとまた今度は作家が割って入り、顔と声だけは怖そうな雰囲気を出したしょーもない怪談を披露する。
 そんなカオスが1時間半以上続き、ようやく宇宙船のような船が着岸して終わりを迎えた。

 下船して次の仕事があるから打ち上げは無しでと言った作家に、「するかボケ!」と心の中でツッコんで僕らは解散した。

 あの時のお客さんにも僕や作家の薄っぺらい怪談ではなく、聞いてるだけで恐怖が迫り上がって来るような本物の怪談を聞かせてあげたかっと思うのと同時に、こうして振り返ると僕の体験したこの出来事は、十分に怪談と言う部類に入るのではないかと思った。



 

 

 

 

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