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講師にできることはたかが知れているけれど。

「先生にご迷惑をおかけしないか、
もうそれが心配で…」
「喚き声も本当に大きいんです…」

子どものことのみならず
周りに迷惑がかからないか心配する
お母様からは、
真面目さと思慮深さ、
優しい気持ちがうかがえる。

母子分離の後で
泣き叫び続けるであろう
Kちゃんを想像して
講師の私が根を上げないか
困り果てないか
心配して下さっている。

3、4年前の私なら
困り果てたかもしれない。
母親を求めて大絶叫の子どもを
落ち着くまで抱き上げたり
ご機嫌取りをして
なんとか
泣き止ませようとしていただろう。

結果、
「この先生は、
泣いたら抱っこしてくれる」
と、好ましくないループに陥り
失敗したこともあった。


今は、思う。
どんなに頑張ったところで
相手の求める存在にはなれない。
母子分離で大号泣の子どもが
求めているのは親だ。
しかし私は、親ではない。


どんなに手を尽くしたところで
相手を変えることはできない。
どんなに泣き止ませようと
あれこれしても悲しいものは悲しい。
相手は、どうしようもなくて
泣いている。


そして、
頑張って泣き止ませようとする以前に
子どもは既に頑張っている。
泣きながらであっても
頑張っているのだ。


少しでも楽しくしっかり
教材に取り組める時間を…
という思いは今も変わらないが、
前提に、
上記のように思うようになってから
子どもたちの反応も随分変わった。

今年の4月に年少になる
未就園児のKちゃんも、
2回目のレッスンでも
母子分離してからは大号泣だった。

お母様いわく、
保育園の分離は慣れるまでに
半年以上かかったとのこと。

その号泣は、将来
歌手になったら素晴らしい
逸材になりそうなほどの肺活量だ。


うぉぉおぉぉおぉぉぉおおおおおお!
咆哮の如く叫ぶ。


レッスン開始の挨拶もままならず
お母様のいなくなった
玄関に走り出し、扉を開ける。

しかしそこは、
誰一人いない静まり返った廊下。

求める存在が
どこにもいないと知り、
さらにパニックだ。


うぉぉおおおおおおおぉぉおぉおぉおお!
うぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁああ!
おかぁぁぁぁぁぁあああああ!


「寒いから中入ってよっか。」
「お母さんは、戻ってくるまでKちゃん、頑張れーって応援しているよ。」

聞こえないだろうが、
言葉にすると、
雰囲気が伝わったのか
素直に教室の中へ入ってくれた。

今度は、
玄関でうつ伏せになってバタ足だ。


おかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
うぉぉぉぉおおおお!!

「Kちゃんは、どうしたい?」

かき消されながら尋ねてみると、
今まで会話が成立しなかったのに
Kちゃんの中に希望の光が差したのか
答えてくれた。

「行きたいぃいいいいいいいいいぃいいいいいい!!」

「行きたい?どこに行きたいの?」

「シューパー行きたいぃぃぃいいいいいぃいっっぃいいいい!!」

孤独や絶望が
全身をむしばんでいるとき、
人は他者の助言や発言に
耳を傾けられる余裕がないが、
今の心情に寄り添う
声かけから始まる会話は、
子どもでも大人でも
耳を傾けやすいのかもしれない。


今まで心の中が「お母さん」
ばかりだったKちゃんが、
もしかしたら母親の元へ
連れて行ってくれるのかも?
と想像したのか、
私の腕にしがみついてきた。

Kちゃんが、
私という存在を視界に認めた瞬間である。


母親がスーパーにいると
思っているのかな?と、想像しながら、

「うん、お母さんは戻ってくるよ~。
お母さんは、それまで頑張れーって
応援していると思うよ。」
と、抱き上げて椅子へと向かった。


変わらず泣き叫んではいるものの、
椅子に向かう腕の中に
ちんまりと収まり
私の顔を観察している。

『この人は、ママじゃない!
でも、大丈夫かな?
怖い人かな?怖くない人かな?』
必死に情報収集しているようだ。


「じゃあ、最初は動画でも見よっか。」


モニターに絵本を映して、
椅子に座らせる。
ここで、私が椅子に座って
その膝上に座らせるということも
できるのだけど、あえてしない。
椅子に座ったKちゃんの横に
私もちんまりとしゃがんで、
短い動画に視線を向ける。

Kちゃんは、
号泣しながら、
私の横顔を観察し、
私が視線を向ける先に
気がつく余裕も出てきた。


『泣いたら、抱っこしてくれるかな?
お母さんのところに
連れて行ってくれるかな?
でも、どんなに泣いても
ずっとモニターに見入っているな。
この人、私よりも動画ばっか見てるな。』なんて考えているのかもしれない。


「じゃあ、この前の復習からやろっか。」

母親一色の視界から
周りを観察する余裕や
受け答えをする余裕が出てきたので、
そのまま教材に移行した。


そして、Kちゃん。
今回は、トータル5分少々で泣き止み、
教材に夢中で取り組むと
最後の挨拶とお戻りのお母様を
笑顔で迎えることができた。


Kちゃんも、
お母さんも本当によく頑張ったね。

「途中で気持ちを切り替えられて
頼もしかったよ〜。」
「泣き止めてかっこよかったね。」

気持ちを
切り替えることができた
素晴らしさと頑張りをお伝えした。

小さな小さな積み重ねてある。


私もそうだが、
いつも心が同じ状態とは限らない。
体調によっても環境によっても
変わるだろう。


目の前の相手を
どうにかして
なんとかしようとしてもダメだ。
変われるのは、自分だけ。

その子にはその子のペースがある。



日々、少しずつでも
良い方向に向かえるように。




表紙の写真。
講師が多忙で
教室に不在なことが多いから、
「早くても遅くてもだめ!!」と、
シールが貼られていた…。

いつもお世話になっている
宅配業者さん。
忙しい中、
本当にいつもありがとうございます…!

記事を見つけて下さり、最後まで読んでいただきありがとうございます。 少しでもなにか心に残るものを届けられていましたら、こんなにも嬉しいことはありません。