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本を読んだら 『「おりる」思想』

1.本はどこから

刊行前の書籍の情報がどこからともなく流れてくる。著者、版元、取次、書店、ほぼもれなくSNSのアカウントで情報を伝えてくれる。その情報を眺めているとどうしても興味を惹かれる。テーマ、著者、編集者、版元、内容、紹介のしかた、装丁家、デザイナー、装画の方…書籍には本当にたくさんの情報が詰まっている。
でもその情報にずっとさらされ、追いかけるように書店に行って本を探すうち、逆に追いかけられているような気がしてくる。
重くなった荷物を抱え、少なくない額を支払い、家に何冊積読があるか考えないようにしながら、帰り道で読み始める。それ自体には充足感があるのに、それでも文庫化を見逃した本が見つからなくて探し回る。何と追いかけっこをしているのかときどき分からなくりそうになる。

2.『「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから』

『「おりる」思想』飯田朔著、集英社新書刊。
1月に出たばかりの本。

【読むのにかかった時間】数日
【再読するか】再読したい。取り上げられている映画を観たり、本を読んだりした後に。
【勧める人】映画好き、朝井リョウの小説がすごく好き…よりも、読んでちょっとモヤモヤしている人に。

https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-721296-9

新書でこんな面白い本出すんだ、というのが率直な感想。
というより、自分自身が新書のフォーマットとでもいうべきものに染まって、それをなんとなく嫌だなと思いつつも、新書のペースにのせられてガリガリ読むことにいやいや慣れていた、ということに気付かされた。
単行本や文庫を読むときには気楽に読んで本の中に入っていくのに、新書は出だしから頭をつままれて本の中に突っ込まれるというか…なんとなくいやだな、いやだなと思いながら勢いで読み切り、斜に構えたまま感想を残して書棚にしまう。やれやれと単行本か文庫を取り出す。
新書といい関係が築けたと思う本は、数年前に読んだ坂口恭平さんの『苦しいときは電話して』(講談社現代新書)以来、ちょっと思い出せない。
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000344259

この『「おりる」思想』はまず、山道を登るというイメージで書かれているのがいい。言いたいことをパッと伝えるという新書のイメージが裏切られて、深呼吸したくなる。
先に読んだ『映画を早送りで観る人たち』でも指摘されていた、若い人たちが「何者かにならなくてはいけない」と思っているという視点。
『「おりる」思想』の著者飯田さんは、大学卒業後の東京生活で感じた息苦しさを、「生き残れ」という言葉と、若者を中心とした「何者か」への信仰というような態度、として読み解く。
そうした発想よりも、


個人が生きる上で常に自分の出発点とする要素の方が重要だと考えるようになった。それが普段の自分の生活感覚や嗜好といった、「なんでもない人」としての自分というアイデアである。

本書「はじめに」21頁より

という視点に重きをおき、「おりる」「おりられなさ」といった思考を積み重ねていく。
著者は既存の用語を多用して評論ぽさを演出するのではなく、自分の定義を立てて世の中や作品を読み解こうとする。スルッと何かに乗ったふりをせず自分の言葉でうんうん唸っているような姿勢に、一生懸命な友人や後輩の話を聞いているときのような温かい気持ちが湧いてくる。それは著者が自分より若いということと無関係ではないと思うけれど、素直にすごいなと思う。加藤典洋さんのゼミに出席して学んでいたということが紹介されているので、体系的な学びも背骨になっていると思うけれど…
「何もしない」留学をしに1年間スペインに行くという思い切りのよさ、行動力と、行った先で自分の行動が日本での行動感覚(どんなお店に通って、どんなキャラクターの友人と親しくなるか、など)と地続きであることを、暮らしながら観察し、思想に育て上げる力…すごい人だなと本当に素直に思う。
山道には木の枝がたくさん落ちていて、木の根が張り出して階段みたいになっていて、泥だらけの場所、岩だらけの場所もあって…舗装された道を歩くのとは思考も違う。考えごとよりも状況把握を優先しているはずなのに、なぜか考えがまとまってくる…そんなこともある。あ、鳥が鳴いている。花が咲いている。何か分からないけれど、綺麗だな。
頭の中は筋肉痛でいっぱい。読んでみたくなったもの、観てみたくなったものがたくさんある。

3.あふれる本の情報から「おりる」ことができるか?

本を読めばほかの本が紹介されている。参考文献がひかれている。だから、本を読む限り本の情報から逃れることはできない。
でも、だからと言って、参考文献を全部読みたいとは思わない。興味を惹かれてもせいぜい1冊か2冊探せば良い方だと思う。既に読んだ本や、既に持っている本がひかれていれば嬉しい。そうやって手の届く範囲を確認して次の本を選ぶほうが、本来の自分の読み方に合っているような気がする。
こうやって振り返り、考えてみることこそが大事なのだと思う。本当におりられないものが何なのかと。自分に、おりたら置いていかれるぞと強いてくるものが、何なのかと。