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#GLEAT 後楽園大会 佐藤光留戦 我々は20年前と変わらず、折り目正しく気が狂っておりました

GLEAT 後楽園大会 佐藤光留戦を終えました。
今回も学びが多く、またひとつ強くなれました。

会場で観戦してくださった方々、YouTube配信で視聴いただいたすべての方々に感謝します。ありがとうございます。主催者でも所属選手でもなく、外部からのフリー参戦選手である僕は自分の試合に納得がいって、そこに一定の評価があればそれでいいのかもしれませんが、GLEATは主催側の信念と情熱を強く感じて、僕も共感する部分が多いからこそ、多くの人に触れてもらう機会があればいいし、何かのきっかけで触れてもらえたら必ずや伝わっていくコンテンツだと感じているので、大会が成功繁栄していけば嬉しいです。「GLEATはSNSや施策から、選手にも観客にも敬意が伝わるよね」と知人の大御所コラムニストの方と話していたのですが、こういうところが大事な気がしています。まあそれはそれとして。

佐藤光留戦を終えての感想は「佐藤光留がかっこよかった」これに尽きます。そして何よりも「強かった」です。僕が自分は未熟だと試合後の朝に感じていることは試合には勝ったのかもしれないが、存在や強さではまだまだ及ばず、負けているのだと思います。

佐藤光留とリング上で対峙することになるとは20年前は思いもしませんでした。格闘技選手としてではなく、プロレスラーとして向かい合うことになるとは生きていると何があるかわからないものです。ただ青木真也と佐藤光留が向かい合う意味では立場もルールも場所も団体も関係なく、互いの存在をぶつけ合うだけです。僕も佐藤さんもお互いがやってきたことを嘘偽りなくぶつけ合えたことは互いにやってきた道に自信があるからだろうし、結果如何関係なく試合後に自らの道を真っ直ぐに歩いていくのに何よりも大事なことだと思います。何かに嘘をつくと生きられない不便な構造になっている人間です。

プロレスでも格闘技でも偽らずに闘うのは難しいことです。
人はどうしても格好をつけてしまうものだし、無難なほうに逃げてしまうものです。雑に言えばリスクを負わずに生きていくほうを選びます。

佐藤光留は自身がやってきたことを嘘偽りなく、そっくりそのまますべてをぶつけてくれました。佐藤さんの腕と経験と頭があればいくらでも誤魔化せただろうし、策で勝ちを取りに来ることもできただろうと思います。ただ彼はそれを選択せずに真っ向勝負でぶつかってきたからこそ、僕も真っ向勝負でぶつかりました。真っ向勝負でぶつかれば互いに退けなくなるのを知っていて、敢えて真っ向勝負でくるのは佐藤光留だし「パンクラス」でした。

「強さ」と「勝ち負け」は同じように見えて別物です。「強さ」は抽象的なもので厚みとか深さとか高さとか広さとか様々な要素で構成されています。その「強さ」を見せつけられた気がします。佐藤光留は正しく狂っていました。僕も負けじと折り目正しく狂っていこうと決意を新たにしています。

僕はずっと「パンクラス」を引き継いでいるのは北岡悟だとの認識でした。それは僕が北岡悟を近くで見てきて、ざっくりとした説明書を書けるくらいには彼を理解できているからでもあるので、贔屓目に見てしまうところはもちろんあります。ただ実際にパンクラスの看板は北岡さんのジムに掲げられています。北岡さん自身も43歳でMMAの最前線の現場で闘っていて、割と近くでそれなりに長く見てきた僕にすら理解できないところがあります。要は狂ってらっしゃるのです。理解に困ると「北岡さんだからな」とか、「パンクラスだからな」と気が狂っていることを表す落とし所にしているのですが、佐藤光留もしっかりと「パンクラス」でした。

そんなわけで次は伊藤貴則さんとベルトを賭けた決勝戦です。
伊藤貴則さんも所属選手としてベルトは欲しいだろうけど、外様は外様なりにGLEATが好きだし、感謝もしているからこそ、ベルトが欲しいものなんですよ。好きとか、感謝とか、愛とかドロドロした想いの大きいほうが勝つ試合になるんじゃないかと思います。そうとなればメンヘラおじさんは強いと思います。ベルトを奪って初のグレートしなくっちゃ♪

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