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「新しい本麒麟はじまる」 複数バージョンあるコマーシャルの研究

キリンの本麒麟のコマーシャル「本麒麟 新しい本麒麟はじまる」30秒には、登場する人物によって複数の種類があります。石川佳純篇、竜星涼篇、今回紹介する岸井ゆきの篇、これら3篇はホスト役として江口洋介さんが登場します。そのほかにもホスト役でタモリさん、ゲストとして広瀬アリスさんが登場する広瀬アリス篇、新しい本麒麟始まる登場篇ではタモリさん江口さん広瀬アリスさん松山ケンイチさんが登場するバージョンまであります。それほどこの商品を売りたいというメーカーの意気込みを感じます。
今回は、岸井ゆきのさんのバージョンです。セリフのみ書き出すと次の通りです。

江口「お、こんにちは」
岸井「はじめまして」
岸井「実は私本麒麟飲んでます」
江口「お!」
岸井「初めて飲んだのは仕事終わりで、あー私お疲れって」
岸井「あの時の本麒麟は美味しかった」
岸井「これ作った人天才ですね」
江口「3万回も試すらしい」
岸井「3万回!」
岸井「ん、美味しい」
江口「だよね」
岸井「染み渡ります」
ナレ「新しい本麒麟はじまる」
ナレ「あなたの今日にぜひ」
岸井「3万回か」
江口「お疲れ様でした」

会話はホスト役の江口さん、ゲスト役の岸井さんでのやり取りだけですが、登場人物はもう1人います。キリンのロゴを配したつなぎ帽子姿キリン工場で働いていそうな風体の人です。円形のカウンターの中でビールをグラスに注ぐ様子からは本麒麟バーの店員かもしれません。


カット01

舞台設定を宣言するカットです。麒麟が描かれた赤い部屋、カウンターに男性が2人、1人はジャケット姿、もう1人はつなぎ姿でカウンターの中に立っています。そこへ下手から岸井さんがやってきます。

カット02

岸井ゆきのだと明確に表現するカットです。

カット03

岸井さんがカウンターに座り、会話劇が始まります。

カット04
カット05
カット06
カット07

岸井さんのセリフ「これ作った人、天才です」でインサートされるということは、これを作った人がカット07のキリンで働いていそうな外見の人です。ここではメーカーの人と呼ぶことにします。

カット08
カット09
カット10
カット11

カット10と11はほぼ同ポジの構図ですが、手に持っていた缶がグラスに突然変わって飲み始めます。そんな編集ができるの?と思う方もいると思いますが、テレビでは結構ある編集です。ショックに思わないためには条件があります。不思議なものが映っていないこと、この場合は手に持っているのはグラスです。グラスで飲む行為自体誰にも違和感はありません。そして、カット頭で動作が始まっていることです。この場合はすでにグラスを傾け飲んでいます。このふたつの条件があるからこそ、缶が突然グラスに変化しても違和感なく見ることができるのです。

カット12
カット13
カット14
カット15
カット15色付き

カット13と14の商品カットはどのバージョンでも共通のカットになります。全体のストーリーとしては、大きな麒麟が描かれた赤い部屋にゲストが来て、商品の魅力を語り飲むというものです。
全体のイメージで重要な部屋の色ですが、サンプルとしてカット15の色付きの絵も掲載しておきます。めちゃくちゃ赤です。本麒麟は赤いパッケージです。赤い缶のイメージを見る人に強烈に印象付けています。
赤い色にはデザイン的に法則があると言われています。「赤の効果」です。赤い色を見ることによる認知と行動に関する効果で、例えば「赤は女性をより魅力的に見せる」「赤は男性を優秀に見せる」「競い合う行動を促すが協力し合うことを阻害する」などです。総合的な魅力を高め他者と競争し優位に立ちたい時に赤色を印象的に使用します。

石川佳純篇では、岸井ゆきの篇にはなかった構図があります。石川さんと江口さんが並行した2ショットです。このカットの後、2人は卓球のスマッシュみたいな演技を見せてくれます。

石川佳純篇
石川佳純篇
石川佳純篇

広瀬アリス篇では、メーカーの人が本麒麟をグラスに注ぐカットや差し出すカット、お礼を言うカットの他にもメーカーの人にもセリフがあります。コマーシャル冒頭からメーカーの人がグラスに注ぎはじめているので、缶がグラスに突然変わることもありません。全体的な印象では広瀬アリス篇は非常に緻密に丁寧にカット割され、それぞれのカット尺もバランスが取れています。竜星涼篇でも同じような演出がありますが、30秒に仕上げるのは少々手間がかかった印象があります。

広瀬アリス篇
広瀬アリス篇
広瀬アリス篇
広瀬アリス篇

グラスに注ぐ。それを見る。差し出される。飲む。完璧なカット割だと思います。

広瀬アリス篇
広瀬アリス篇

ちなみにタモリさんは本麒麟のどのコマーシャルでも、なぜか飲む時は必ず左手でグラスを持ちます。タモリさんが左利きというイメージはないのですが。江口さんは左右で飲んでいます。構図以外の何か理由があるのかもしれません。

ここまで紹介してきた趣きが異なるバージョンもあります。赤い空間は共通ですが、登場人物が4人の「登場篇」です。4人の並びが決まっています。左下手から松山ケンイチさん、広瀬アリスさん、タモリさん、江口洋介さんです。並び順にはある程度の暗黙の了解的ルールがあります。まず、下手が若い人で上手が年上の人。真ん中寄りが主人公格。最近では女性を一番端にする並びはありません。ということで、松山、広瀬、タモリ、江口の順番に並んでいます。では、登場回数はどうでしょうか?数えてみます。

松山1 広瀬1 タモリ1 江口1

松山さんとタモリさんが扉を開け、江口さんがタモリさんが開けた扉をおさえて部屋に入ります。4人横並びで部屋に入ることは稀だと思いますが、そこがコマーシャルです。実はこのカットで序列が描かれています。扉を開け一番最初に部屋に入るが扉を押さえる松山さん、扉を開け真っ直ぐ部屋に入るタモリさん、扉を押さえながら部屋に入る江口さん、タモリさんから一歩下がって部屋に入る広瀬さん、このワンカットで4人の関係性が想像できます。

赤地にキャッチなキーワード
松山2 広瀬2 タモリ1 江口1
松山3 広瀬3 タモリ2  江口2
松山3 広瀬3 タモリ3 江口3
松山4 広瀬4 タモリ4 江口4
松山5 広瀬5 タモリ5 江口5
松山5 広瀬5 タモリ6 江口5
松山6 広瀬5 タモリ6 江口5
松山6 広瀬5 タモリ6 江口6
松山6 広瀬6 タモリ6 江口6
松山6 広瀬6 タモリ7 江口6
商品カット
松山6 広瀬6 タモリ7 江口7
松山7 広瀬6 タモリ7 江口7
松山7 広瀬6 タモリ8 江口7
松山7 広瀬7 タモリ8 江口7

結果はタモリさんが1回多くカットに登場しました。

これら一連のコマーシャルは、トークで展開する構造になっているので、30秒という尺に仕上げるのは大変な作業だったと思います。逆を言えば、各バージョンを見比べることでカットのリズム感の違いなどを楽しめます。

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