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 【小説】『知世 in 砂上の楼閣』 なんじゃぁ、あ~りませんかっ?!

こんにちは。こちらのお話は、不定期更新(1~3日)で
連載してゆく予定になります。
宜しくお願いします。 杏野真央 ( ꈍᴗꈍ)
[LOVE YOUからの切り抜き]

登場人物   年齢高めでございます。

モデル事務所
原口知世《はらぐちともよ》  45才  メイク+ヘアー担当
同僚      通称名 "がきさん"
新垣佳子《あらがきけいこ》  37才     衣装+爪担当

倉本あやみ《くらもとあやみ》 22才   助手

知世の同棲相手
緒方雅也《おがたまさや》   42才   メカニック 

桂子が手弁当を作っている相手/既婚者、妻は闘病中
亀卦川康之《かけかわやすゆき》38才   モデルで文筆家

康之の遊び相手
石川恭子《いしかわきょうこ》  36才  モデル仲間

松浦              38才   知世の仲良し男子


10話はこちらからお願いします。別ページ作りました。
https://note.com/a_true_blessing/n/n44b08f131698


2023.4.5
9

 「う、ううん。ありがとー、うれしいぃー!」(棒読;;)

 駄目だ、喜びがちっとも言葉に出てないやっ・・まずい。

 「いやあのね、ほんと・・うれしいのよ? ただびっくりしちゃって」

 どういう心境の変化ですか? って、他の人間が相手だったらきっちり
聞いていただろうと思うけど、この寿を・・この僥倖を・・人生初で
たぶん二度とないであろうこの機会を潰したくはないから、聞かナイ。

 緒方と同棲を始めた時も幸せだったけど、一緒に過ごして10年して
また新たな幸せを享受できるなんて・・この夜は本当に幸せだった。

私は前日の夜、松浦と一夜を過ごすことなく帰って来たことを
思い出し、セーフ・・ギリ、セーフ! とキッチンに入った時、
小さく呟いたyo。

 松浦と一夜を過ごし、朝帰りなどしていたら・・果たして
緒方は予定道り私にプロポーズしただろうか。
 
 神様、ありがと。
 私はすんでのところで、幸せを取りこぼしてしまうところでした。

 心を入れ替え、緒方くんにもっとやさしい心で接して、大事に
していきます。

 私はこの夜、バルコニーの窓越しに夜空を見ながらそう誓った。

 翌日もお互い仕事があり、いつものように緒方のほうが先に
家を出た。
 見送りに玄関まで行き、私は昨夜受け取った指に嵌めた
結婚指輪を彼に見せながら、行ってらっしゃい、と送り出した。

 緒方の姿が遠くに見える頃、私はおばさんだけど・・思わず
バンザーイをした。

 翌週の飲み会も、その日は緒方も職場の年末行事ということで
帰りが遅くなると聞いたので、独身のうちにと思い、私は参加
したのだった。

 松浦のことも参加理由の1つだった。

 昨日今日の付き合いではなく、これからのこともある。

 前回同様、亀卦川くんも石川恭子も参加していた。
 とりま、松浦くんとふたりで話せる状況にはすぐに持っていけた。

 何せ、亀卦川のヤツ松浦なんてうっちゃっといて石川さんに
へばりついてるからさぁ。 ちょっと笑ってまったわ。

 「先週は途中で帰るみたいになってごめんねぇ~。
 折角素敵なお店のこと話してくれてたのにね」

 「あれからどうだったの?」

 「うん、何とか自力で家まで帰ったわ。
 速攻布団に倒れ込んだんだけどね。

 あの日さ私、松浦くんが話してくれたお店にさ、行く気満々
だったのは本当なんだ」

 「うん・・」

 「だからさ、ほんとだったら今日仕切り直したいところなんだけど
・・ぶっちゃけ松浦くんとの火遊び楽しみにしてた・・けど、あれから
状況が変わっちゃって・・。
 ぐちゃぐちゃ言ってると、松浦くんからしたら何言ってんの、訳わかめ
ってことになりそうだからはっきり言うね」

 「・・ナニ」



2023.4.4
8

 緒方と知世はそれぞれせっせと、食卓にディナーの品の数々を
並べた。 
 ・・といっても、酒のあてになりそうなメニューばかりだった。

 フライドチキンとか・・フライドチキンとか・・・。

 緒方と知世の部屋。

 モダンな造りのマンションに暮らす知世たちは、玄関から一直線に進むと現れるゆったりとした空間リビングダイニングの4人掛けのテーブルを
挟み、お互い交差して向かい合っていた。

 いつもの二人の座り方だ。

 反射的に知世は視線を下方に落とし、ベージュ色のテーブルの淵《ふち》を見つめながら緒方が話を切り出すのを待った。

 流石に料理に手を出すことなどできなかった。

 「あのさ・・去年からずっと考えていたんだけど・・その、なかなか
言い出せなくて・・さ」

 部屋の壁は茶系のWood素材と、その真向いの壁はレンガ造り風の
壁紙が施されていた。
 玄関から一直線に進んだ先端には、日中陽射しが煌々と入ってきて
リビングダイニングを明るく照らしてくれるバルコニーがある。

 とても利便性が高く、芝も敷き詰められているお洒落なバルコニー
仕様になっている。

 普通のベランダとは違い、天井もガラスの壁もあり、部屋と同じような
ものだ。

 お日様は燦々と入り、洗濯物をすぐにカラッと乾かしてくれ
お天気の悪い日には、雨風から守ってくれ、衣類はちっとも
濡れないのだ。

 主婦にとっては憧れのバルコニーだ。 

 一緒に住むことになった時、緒方が購入してくれた。
 私の意見をふんだんに取り入れてくれた部屋ですごく気に入ってる
けれど、はぁ~出ていかなきゃだわ。

 私1人じゃ、とてもこんなゴージャスなマンションに住めやしない。

 もう少し彼に形だけでも尽くしていれば、この部屋を出て行く日が
2~3年延びてたかも・・などと、知世は埒もないことを考えていた。

 緒方が話しやすいように、『うん、いいよ、覚悟できてるから』と
言おうとしたその時・・。

 「けっ、結婚してください」彼はそう言った。

 そして小さな箱をテーブルの上に乗せ、開けて指輪を取り出し
私に差し出した。

 「知さんの小物入れに入ってる指輪を店に持って行って
買ったんだ。
 気にいらなければ交換もしてくれるから」

 うそっ。
 そんな素振り微塵もなかったじゃない、あんたさぁ。
 私のことなんて、空気のように・・ただの同居人のように
思ってたんじゃなかったの?

 「俺、もしかして断られる?」
 固まる私に緒方が尋ねる。


2023.4.2
7

 私が帰宅すると緒方は入浴を済ませ、TVでサッカー観戦をしていた。
 この時間だから録画なのだろう。

 いつも彼は結果を見ないで録画にかぶりつく。

 片手に缶酎ハイを持ちながら、そこそこのイケメンなのにイブの日に
女っ気もないのか?

 見た目に反して緒方はインドア派で性格も地味な部類に入るだろう。
 学生の頃や若かった頃のことは知らないけれど、少なくとも
私と出会った頃から今日《こんにち》までの彼はそうなのだ。

 一緒に買い物に出掛けて並んで歩いたりすると、特に妙齢の女性の
視線が痛い。

 洋服や靴、そこそこのスタイルでヘアースタイルや化粧でふんだんに
作り上げてナンボの私と、ユニクロの物販で身を纏っているのに
高身長で長髪のちょっとしたイケメンの緒方を目にした彼女たちの
視線・・・が、不釣り合いだと語りかけてくるのだ。

 「ね、あのふたりの関係は?
 信じられないけどやっぱり夫婦なのかしら?
 あの男性ならもっときれいな女性がお似合いよね?
 なんであんなフツーのおばさんが奥さんなの?」

 分かる...分かるよー!

 だって自分でもそう思うもの。
 緒方くん、どうしてあなたは私の隣にいるんでしょうか?

 ハーハーハ~!
 こんな笑える展開をこの10年の間に何度経験してきたことか。

 いつも繰り返されるシーンを回想しながら入浴を済ませ
私は寝た。

 20〇〇年12月25日-
 クリスマスは早めに切り上げて18時頃には帰れるように
スケジュールを組んでいた。

 今年はチーズケーキを作ろうと思ってたから。

 そのクリスマスの夜、オーブンにケーキの具材を入れた
ところで、ちょうど緒方が帰宅した。

 「ただいま、あっいい匂いする。ケーキ?」

 「うん、もうすぐだよ」

 彼はいろいろと口に入れるものを買ってきてくれたようだ。
 
 「そっか・・え~と、食事をする前にちょっと話があるんだ。
いいかな?」

 「分かった・・」

 こんなことは一緒に暮らすようになってから、はじめての
ことだった。

 いつかこんな日が来ることを知世はとっくの昔に知っていた
・・と思った。 

 そっか、昨日は家《うち》で1人宅飲みなんてしてたから油断
しちゃったけど、やっぱりできてたんだ、、女。

 42才とはいえ、鍛えてない割にお腹も出てなくて、洒落っ気が
ない割には、こざっぱりして見えるちょいイケてるおじさんだから
なぁ・・。

 まだまだ独身の女が寄って来るだろう。
 とうとう私、正真正銘のボッチに戻るんだなぁ~、段々言い草も
やさぐれてゆく知世だった。

 ちょい油断してたとはいえ、心の準備はできてる・・できてた
はず。


2023.3.31
6

 松浦はもちろん私のことを独身だと思っているが、まさか四捨五入
すれば50才に手の届く、しかも今まで同じ職場で長い付き合いもあり
気心もしれている私が、妻のいる自分と一晩くらいアバンチュールを
楽しんだからといって、結婚を迫ってくるとは露ほども思ってない
はず。

 松浦に映ってる私の立ち位置なんて、そんなもんだ。

 私は私で緒方に義理立てしなきゃならないほどの愛情なんて
もうないようなもんだしなぁ~。

 愛だ、なんだって言うどころか、緒方に好きな相手ができたら
私なんて速攻、お払い箱だよ・・きっと。

 私は空しい現実に向き合いながら、今夜の松浦との先の時間に
ついて考えていた。

 緒方は荒っぽいところのない人間で家《うち》のこともできる範囲の
ことはする、どちらかというとやさしい部類に入っていると思っていた・・
けれど。

 いつの間にか、やさしさを感じられないような接点のない
味気ない暮らしになっていることに気付いてしまった。

 もう緒方がどんな気持ちで過ごしているのかさえ分からなかったし、
また敢えて分かりたいとも思わない醒めた自分がいた。


 熱の醒めた後の平凡な暮らしの中で知世は、まるで読めない
この先のことを考える度に今の暮らしに、不安と不満が沸いて
くるのだった。

 えいっ、ままよ・・。
 松浦くんとこのままいい感じでこの店を抜けて、別の場所へ
行くか?
 自分の中で覚悟を決めようとした時、チクリと胸の奥に痛みを
覚えた。

 こんな感覚は初めてで、私は動揺した。

 そしてそのうち、気分も悪くなってきて、私は断りを入れて
化粧室へと向かった。

 折角いい気分だったのに、どうしちゃったんだろう。

 しばらく、どうにかならないかとその場に佇んでいたけれど
 元に戻らず、これ以上悪化すると自力で家に帰れなくなりそうに
感じたので、席に戻り私は松浦くんに告げた。

 「急に体調が悪くなってきちゃったから残念だけど今日は
帰るわ。またその素敵なお店のこと教えてね」

 「分かった。
 早く帰って横になった方がいいぜ。
 じゃぁまた」

 本当にどうしたんだろう。

 具合がどんどん悪くなって帰れなくなったら大変だと思い
足早に駅に向かい、電車に飛び乗った。

 それなのに自宅の最寄り駅に着く頃には、体調は元に
戻っていた。

 何だったんだろう、まったく。
 


2023.3.29
5

 12月24日、クリスマスイブ・・。
 
 久しぶりに皆で繰り出す飲み会に参加した。 

 知世は事実婚とはいえ、夫の緒方がいるというのに24日イブの日に
あった職場の飲み会に参加した。

 それは毎年、職場では彼氏彼女とイブを過ごせない人たちの慰め合う会
と銘打って開かれている。

 緒方とは例年25日は待ち合わせてディナーを楽しむのを定番として
いたが、今年は緒方のたっての希望でお家クリスマスをすることに
なっていて。

 知世にすれば、とうとう年に一度のクリスマスディナーも
なくなり、本当に来年も一緒にいられるのかどうかと、今後の行く末を
危ぶんでいたのだった。

 まぁ、そんなわけで毎年イブは職場のメンバーと楽しむことに
していた。
 年に一度の行事だし、表向き彼氏のいない独身だし、毎年
参加してきた。

 今年は久々に亀卦川が参加していて驚いた。
 やはりガキさんの言ってたことは本当なのかもしれない。

 しかし、イブの夜を病身の妻の側で過ごさないなんて。
 何て冷たいヤツなんだ。

 そう辛辣な感想を吐き出しつつ、知世もまた手頃な職場関係の男との
会話と酒を楽しんだ。

 原口知世は広くてどちらかというと四角っぽい額と、細くて目尻の
下がった独特の風貌をしていた。

 仕事は主にメイクとヘアーを専門にやっていて、結構人気のメイクアップアーティストで業界ではその名を知られていたのと、魅力的な話術も備えて
おり、夜の街に繰り出しても誰彼となく声が掛かり、ぼっちになって暇を
持て余すということはほとんど皆無だった。

 ただ、そんな知世の立ち位置と容貌、そして周りがモデルだったり
その業界の洗練された人間ばかりなのとで、これまでもLove Affairを
楽しめるような機会はあまりなかった。

 だが、今回のイブは少し違っていた。

 実は最近やさぐれていた知世は、皆イブで浮かれその場を楽しんでいる
中、前から仲の良かった松浦と酒を飲むうちに、このまま
松浦と一夜限りの後腐れのないアバンチュールを楽しんでもいいと
思うくらい、いい按配に酔い、気分が上昇していたのだった。

 松浦が最近新しく開拓したちょっとした隠れ家的な店を見つけたと
話を振ってきたのだが、その時の様子が何となく、自分が『どこ?
行ってみたい~』と彼に言うのを伺っているようにも取れたから。


2023.3.28
4

 そんな風にしてアホなこと妄想してしばらく過ごしているうちに
途中であることに気付いてしまった。

 えー、イケてる男に自分の作った料理を食べてもらえるって
そんなにも威力があるんかぁーい!

 そうなのだ。

 夏も終わろうとする頃から、ガキさんがキラキラしているのに
気付いたのだ。

 ガキさんは一般人の中に入って行っても、すんなりと納まれるくらい
少し地味で上品な着こなし、お洒落のできる女性ひとだ。

 今風のこじゃれたメイクとふるゆわパーマのセミロングなどに
すれば、夜の店バーなどで一度はいい男たちからナンパされるような
上品な美女に変身できるだろう。

 だけど彼女の性格が今の彼女の風貌を作っている。
 だから人柄も推して知るべし。

 ほんと、邪推する私は汚れてるのよぉー!(棒)

 彼らのラブアフェアーLove Affair、恋愛、情事、色恋を
見つけてやろうと思いずっと様子を伺ってるんだけど、クリスマスの
頃になっても、ふたりが連れ立って歩いてるシーンに出くわすことは
叶わなかった。

 週に2~3度といえども、ずっと作ってもらってるんだから・・
あの亀卦川だよ?  お礼で何度か食事くらい誘ってると思うんだ
けどなぁ~。

 ガキさんはそんな素振りも見せないし、話もしてきやしない。

--

 あ~あ、アラフォー独身女と、モデルといってもすでに妻のいる
既婚の同じくアラフォー男のLove Affair探って何がおもしろいんだかっ。

 私も終わってるな。
 ぼちぼち、自分の今後の身の振り方でも考えた方が建設的だよね。

 なんだかんだ言って、相方の緒方と別れず一緒にいるのは
独身の侘しさを知っているから。

 醒めた関係と言えども、買い物はしてくれるし、電球の球も
替えてくれる、ゴミ出しと植木の水やりも・・。

 重宝はしてる。

 もしも病気や何らかの理由で無職になっても少しの間であるなら
経済的に助けてもくれることだろう。

 あーあ、緒方は保険になってしまっている。

 今から手持ちの保険を解約したからとて、アラフィフの私が
果たして今以上の条件の良い保険に加入できるのだろうか。

 借金癖があるとか?
 DVするとか?

 そういうのがない場合、なかなか別れる切っ掛けが
掴めないんだよねぇ~。
 

 贅沢な悩みを持つ知世であった。

 賭け事で借金、その上浮気三昧、あげくにDV暴言暴力されている
 女性からすれば緒方はそこはかとなく、優良物件だというのに。 
 


2023.3.27
3

  私たちは撮影所の入ってるビルの中にある別途休憩所として
使われている部屋で一緒に食事をした。


「ね、ガキさん、最近ずっと亀卦川くんがスタジオ入りする日は
お弁当作ってあげてるんだ?」

「えっ?」

「先月だったかなぁ~、月の後半で松浦くんと一緒にLunch誘ったら
今日は弁当があるからって彼言ってたからさ、ガキさんの弁当だったのかな、と思って。

 あぁ、別に亀卦川くんから聞いたってわけじゃなくて、たまたま月初め
だったかなぁ、ガキさんが亀卦川くんにお弁当渡してるところ、見たこと
あったんだよね。

 それで・・そうかなって」

「知世さん、あまり他所では言わないでね。
 実は亀卦川くんの奥さんがかなり重い病気で、お家でなかなか奥さんの
手料理も食べられないみたいだったから、なんだか気の毒になっちゃ・・」

「そーなんだ、ちっとも知らなかったわ。
 そっか、そんな事情があったンだ」

「お弁当は自分のを作るついでで、そんなに負担になるもんじゃないし
だから、それだけのことなの」

「うんっ、分かってるって」
 私はガキさんにそう返答した。

-
 邪推はしないでね・・と、そう彼女は私にシグナルを送ってきた
わけだ。

 だけどさぁ、私生活が全然満たされていない私は、そう簡単に
引き下がるわけにはいかないのだ。 

 追及はまだまだ続くわよ。

 だってぇ~、ついでで負担にならないと言いながら、長年同じ職場で
働いていて、ほとんど弁当など作ってこない私に、ただの一度でも
弁当を作ってくれたことがあっただろうか? Never! 

 ただの一度もない。

 I have never eaten Aragaki's box lunch. だよっ!

 こんなクソのような理屈を捏ねる自分がおかしいのは
百も承知でござる。

 しかし、である。

 匂うのだ・・ガキさんから亀卦川くんへの恋心? 恋まで行かずとも
ちょい心ぐらいはあるんじゃないかってね。

 だってぇ~相手は昔プレイボーイで鳴らした亀卦川だからね。

 それにぃ~、もし私のほうがガキさんより先に亀卦川くんの
窮状を知っていたら私が亀卦川くんの弁当係になってたかもしれないし
プラス、それが縁で近い関係に・・良い仲になれてたかもしれないと
思うと、ただの世迷い事と知りつつも、そっちの方へと思考が飛ぶ
んだってぇ。 

 どんな思考なんじゃ・・・。

 ダメだ、ほんとこんなことを妄想する私って、絶賛不幸なんだって
改めて自覚したわ。



2023.3.26 
2

 「最近奥さんの話題を聞かないけど、仲良くやってるんだな。
 亀卦川のヤツ、愛されてるなぁ~くっそー!
 俺も今日帰ったらむっちゃんとLoveLoveしよっ」

 「私ぃ、お昼一人で行こうっかな」

 「おぉ~ごめんごめん。
 俺と一緒に行こっ?
  俺知世さんとの会話楽しいからさっ、結構Lunch Time楽しみに
してるのよ」

 「ふふっ、うそよン! さて、行きましょうか」

 松浦はおばばの私にもやさしいから、好きだ。フフン。

 愛妻弁当・・か。

 本人は肯定も否定もしなかったけど、ガキさんから弁当を
手渡しされていたのを知っていた私は、その場の雰囲気で松浦くんの
言葉に乗っかった形にはなったけれど、きっと今日の弁当もガキさん
からのではないだろうか、と推測した。

 この日から、私は亀卦川くんが仕事に入る日は、ガキさんと彼の様子を
注意深く探るようになった。

 案の定だった。

 結婚してLoveLoveな奥さんのいる亀卦川くんが、Lunchに
ガキさんの手弁当を食べてるっていうのは、やっぱり違和感
ありまくりだわ。

 もちろん、勘ぐりを入れるような関係じゃないって思うけど。
 どういう過程でそうなったのか知りたくなった。


 私は世間でいうところの独身者だ。
 陰で行き遅れだの、相手を選び過ぎだのと、いろいろ好き勝手
言われてる。

 だけど、実際は少し違ってた。

 私には10年来の事実婚の相手がいる。
 
 ただ、その後半の5年程はお互いに醒めた関係になっていて
詰まるところ、ちっとも私生活で満たされていない自分は、
他人の色ごとに興味津々にでもならないと、やってられないのだ。

 なんのこっちゃ、っていう話なんだけども、自分の生活に
彩《いろどり》もなけりゃぁ潤いもないのだから、人の話で彩を加え、
潤うしかないってわけ。

 それと焼きもちも少し入っているのかもしれない。

 お弁当を作ってあげるだけの関係だとしてもだよ、まぁなかなかの
高嶺の花である亀卦川くんと、私たちを出し抜いて親密になるなんて
やっぱり妬けるじゃない?

 どんな手練手管を使ったんじゃい、ガキさんめ。

 そんな想いに囚われつつしばらく様子見していたものの、ついに・・
知った日から1か月と少し経った頃、私はチャンスを作った。

 気まぐれにしか作ったことのない弁当を持参してガキさんと昼食を
共に摂るという。


2023.3.25

1
 メイクアップアーティストの原口知世が最初に
新垣桂子が康之に弁当を持ってきたのを知ったのは8月に
入ってからだった。

 ガキさんと亀卦川がふたりでお昼に休憩室に入るところを
見ていたのだった。

 珍しく亀卦川も弁当を持って来ているのか? と思っていたのだが
たまたま外での食事を終えて休憩室に寄るとちょうどガキさんが
弁当箱をカバンにしまう所だった。

 彼女はいつものサイズの弁当箱と少し大きめの弁当箱を
手にしていた。 

 もしかして亀卦川くんの分?  そう思ったのだがいちいち訊くのも
憚られたし、まぁそういう日もあるかもねと、あまり気にして
いなかった。

 新垣桂子ことガキさんは、ほとんど毎日弁当を持参してくるので
外食派の自分は気まぐれに弁当を作った時にのみ、ガキさんと一緒に
昼食を摂ることがある。

 ある撮影日のこと、亀卦川くんと松浦くん、二人同時の撮りで
昼食の時間を挟んでの撮影になった。

 そしてこの日、珍しく亀卦川くんがお弁当を持ってきてると言う。

 --
いつもなら3人で外食というのが定番なので、

 「お疲れさま。
  お昼食べて午後からパワフルに行きましょっ。
 ところで今日はっていうか、今日もなんだけど何食べに行きます?」

 私はふたりに向けて聞いたのだった。

 「あっ・・俺弁当だから。  
 しばらくは昼、弁当になりそうなんだわ」

 「愛妻弁当かぁ~!
  奥さんが料理上手っていいよな。
 外食より断然、栄養バランスいいしな」

 「あら?
  それなら松浦くんも奥さんに作ってもらえばいいじゃない。
 ・・ってそうなったら、もう一緒に外食行けなくなって淋しいーけどさ」

 「あー、俺ン家はダメ。
 奥さん性格いいし掃除もばっちりでセンスもいいから、自宅は寛げて
いい感じなんだけど、料理がいまいちっていうか。
 まあ、それなりには作れるんだけども。
 共働きだし、そこを押してまで毎日弁当作りするほどは、料理に
情熱傾けられないと思う」

 「分かるぅ~。
 その微妙なライン。
 共働きなら尚更ね」

 私と松浦くんの会話にただ聞いていただけで入って来なかった
亀卦川くんは、適当なところでその場を離れて行った。

 


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