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〔掌編小説〕密やかな逢瀬



 琥珀色のグラスが水を滴らせていた。彼が好きなジャックダニエルのロック。氷が半分ほど溶けて、コルクのコースターに水染みができている。彼ったら、店に着くなり喋りっぱなしで、お酒にはひとつも口をつけないの。でも、私も彼の話が面白くって、静かなバーだというのに思わず声を上げて笑ってしまいそうになるわ。黒いスーツに黒いネクタイ、それを少し緩めた襟元がとても色気を帯びているのに、性的な印象を受けないのはきっと、彼の性格が故、なんでしょうね。爽やかで人当たりのいい彼との待ち合わせ、このバーのこの席で、毎週水曜日。他愛のない会話に花を咲かせる、私たちだけの秘密の時間。なんて幸せなんだろう。今からもう、来週が待ち遠しい。

 一生懸命、カウンターの空席に向かって相槌を打つ彼女へ、マスターは静かに水を差し出した。

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