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砂塚あきらちゃんの手札

 ここのところ、あきらに回ってくる仕事が増えてきていた。事務所のホワイトボードにはあきらがこなすべき仕事の予定がびっしりと書いてある。そのひとつひとつをあきらはうまくクリアしていかなければならなかった。
 あきらが所属するプロダクションは小規模なもので、アイドル業界の中で目立つものではなかった。しかし最近はプロダクションの面々が優秀な仕事ぶりを見せつつあり、だんだんと注目を集めるようになってきた。あきらも仲間たちと同じようにがんばって仕事をこなし、より高いレベルへ進まねば、と思うのだった。
 けれども熱心に仕事をしなければと思うと同時に、どうしたら良い形の仕事ができるのか、という疑問があきらに降りかかるのだった。歌ったり、テレビに出たり、グラビア撮影をしたりと、仕事は次々にやって来たが、なかなかうまいことクリアできた、という実感が湧かない。これでいいのかな、とあきらは思っていた。
 あるバラエティ番組の収録を終えたとき、控え室であきらはプロデューサーに聞いてみた。
「Pサン、自分、もっと仕事できるようになりたいんデスけど、なんか攻略法みたいなものってありませんかね。優れたスキルが欲しいデス」
「攻略法ね。いまのままでもあきらはよくやっていると思うがな。今日の収録も悪くなかった」
「そうデスかね。まだもっといけそうな感じもするんデスけど」
 そう言われてプロデューサーは腕を組んだ。
「スキルが欲しいなら、手札を増やす、というのはどうかな」
「手札デスか? カードのこと?」
「ボールに入るモンスターを戦わせるゲームがあるだろう。あの黄色い電気ネズミが出てくるやつな。あのゲームの戦闘パートはモンスターが覚えている技を繰り出しながら戦うものだよな。つまり、戦況に応じて、技を選び、技の効果を最大限に発揮させ、相手の技の構成を読んで戦う。この技を別な言葉で言い換えれば手札と呼べる。状況によって手札から技というカードを切っていくんだ」
 あきらはプロデューサーの言ったことを少し考えてから返した。
「技が増えれば、状況に対応する幅が広がる。だから技である手札を増やせば戦いを有利に運べる、と」
「そうだな。仕事を有利に進められる技やスキルを増やしていきたいなら手札を充実させればいいんだと思う。それが俺の考える攻略法だ」
「うーむ、なるほどね。ならその線で行ってみます」

 手札を増やす。カードをたくさん持つ。どうしたらそれができるか、とあきらは考え、それは情報を集めることだと判断した。自分の知らない世界の情報を集めれば、対応できる場面は多くなる。それによって仕事を円滑に運べるのでは? あきらはそう考えた。
 例えばまったく興味がなかった分野をネットで調べて知識を持つ。 SNS上でフォローする人の種類を増やしてさまざまな知見を得る。海外のニュースもチェックする。買ったことのない服を着てファッションを研究する。などなど。
 そうして手札が集まれば、今度は使ってみる。周囲の人が知らないことを知っていれば、あきらの話すことは注目を集めるものになったし、いろんな情報を取り入れたファッションは新たな磨きがかかり、これまた注目を呼んだ。ドラマなどテレビ番組の収録でも、多様なシチュエーションに応じた演技が出来てあきらは高評価された。しっかり手札を充実させれば、仕事はうまくいった。
 そんな日々がしばらく続いた。あきらはせっせと情報を集め、手札を増やすことに多くの時間を割いた。
 しかしそのうち、今日も情報を収集せねば、とノルマをクリアするように知識を食べ続けている自分がいることにあきらは気づいた。手札を増やし続けるため、自分は永遠に情報を摂取するのか。手元にあるカードが増えすぎているのではないか。いつまでも手札を増やし続けるのが良いアイドルなのか?

 あきらが手札を増強するという戦略に自信が持てなくなってきたころ、とある子供向けのアニメの主題歌を唄うという仕事が回ってきた。打ち合わせの席でプロデューサーはあきらに言った。
「低年齢層向けの漫画がアニメ化することになって、その主題歌をあきらが唄うんだ。アニメのオープニングっていうのは、あきらにとって初めての仕事だな」
「どんな漫画なんデスか? 詳しいストーリーを頭に入れたいデス」
「俺も知らん」プロデューサーはシンプルに言った。「だから、一緒にここで漫画を読もう」
「Pサンも読むんデスか?」
「俺も知りたいんだよ。仕事のうちだからな。漫画の単行本は一巻から三巻まで発売されている。そしてこの場に一〜三巻の単行本が2セットある。ふたりで読もうじゃないか」
「了解デス」
 あきらたちは黙々と漫画に目を通した。主人公は内気な少年で、ある日突然ヒーローの力を与えられ、悪の組織と戦うことになる。よくある話だとあきらは思いながら続きを読んだ。主人公は自身の戦闘能力を忌み嫌い、悪との戦いをできるだけ避けようとする。戦うことから逃げたり戦いの最中でも弱音を吐いたり、かろうじて悪に勝利しても泣いたりする。弱いヒーローだ。
 だが作中では主人公が自分のことについて深く考えるシーンが繰り返し描かれる。己は弱いままでいいのかと疑問を抱いたり、どうしても戦うのが嫌だけど、なぜ嫌なのだろうと周囲に相談したりする。悪役側も単なる凶悪なモンスターたちではなく、それぞれ信念を持って闘いに参加している。その悪役とも主人公は対話し、考える作業を続けていく。
 結果、戦いから逃げるのも、やむを得ず戦闘するのも同じ自分がやっていることだと主人公は気づき、どちらの自分がより信頼できるかを考えるようになる。そして弱者を守り、正義のために戦う自分のほうが好きだし、信頼できると自分で考え、自分で決める。そして主人公は悪に立ち向かう。
 あきらは三巻を読み終わり、あきら自身はこのストーリーからなにを得られたか考えた。
 内気な主人公が自分を見つめ続け、自分を信じて戦いに身を投じる。それをあきらはできるか。すると、できるようになりたい、と思うのだった。
 情報を集めて手札を増やすことに、自分でよく考えるという行為を加えてみたらどうだろう? 自分の内側に取り込んだカードについて考えること、そうしてカードについて考えている自分の意識を信頼すること、自信を持つこと。その自信を帯びたカードを他人に見せて、共有すること。それがやりたい。
 ちょうどプロデューサーも漫画を読み終えた。
「よく作り込まれた漫画だな。四巻が出たら買ってみよう」
「そうデスね。自分も続きが気になります。で、Pサン、もっと説明をください。自分、気合を入れてこの仕事やりたいデス」
「むっ、そうか。アニメ制作会社とも打ち合わせをせなアカンし、じっくり進めていこう」
 ふたりは話し合いを続けた。

「うちのプロダクションもちょっとずつ有名になってきたぜ、あきら」
 パソコンで芸能界のニュースをチェックしているプロデューサーはうれしそうにそう言った。あきらも悪くない気分だった。
「そりゃみんながんばってますからね」
 プロデューサーの肩越しにあきらはパソコンの画面を覗きこむ。大きなフォントで自分の所属するプロダクションの名前が表示されていた。
「どこまで通用するんだろうな、俺らは」
「わかんないデスけど、少なくともいまいるところよりかは上に行けるんじゃないデスかね。それくらいの自信はあります」
 あきらのアイドル活動はまだこれからだ。その最中でいろんなことを考えていくだろう。いろんな他者の考えを知るだろう。考えた結果、得られた手札を最適な形に整えることができれば、きっと強くなっていける。あきらはそう思った。

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