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悪役令嬢はシングルマザーになりました (24) 恋愛とは?

(なんか疲れた・・・)

エステルは溜息をついた。

恋愛事に慣れていないエステルは、冗談なのか本気なのか分からないジョゼフの言動にどう対処していいのか分からない。

(厨房に行こうかな・・・)

彼女は時間があると公爵邸の厨房を借りて双子と一緒に料理をしている。

気分転換のために、その日の午後は双子と一緒にマフィンを作ることにした。

ココとミアは粉をふるい泡だて器で卵をかき混ぜ、満面の笑顔で大活躍だ。

最後に刻んだホワイトチョコレートとラズベリーを混ぜ、マフィン型に流してオーブンに入れる。

焼きあがるまで待つ時間も楽しみの一つだ。

エステルたちは庭にあるハーブ園に行き、ペパーミントやカモミールなどの新鮮なハーブを摘んできてハーブティーを作る。

この時間帯、厨房はガラーンとしていて人がいない。

三人はオーブンの中のマフィンが甘い香りを放つのを楽しみながらハーブティーを頂くのだ。

「ママ、フレデリックとなにかあったの?」

突然ココから尋ねられて、エステルは飲みかけていたハーブティーにむせて咳込む。

「げほっ、けほっ・・・え、は、な、なに?」

動揺を隠せないエステルにココとミアはニマーっと笑った。

「だって、ママとフレデリックはさいきんかおを合わせると、あかくなるしぃ~」

「てれてるの~?」

二人の観察眼は侮れない。

エステルはコホンと咳払いして

「えっと、もしね、もしもの話よ?ママとフレデリック様が結婚したらどう思う?」

気が早い、というより正式に付き合ってもいないのに、と思ったが、フレデリックは結婚のことも言っていた。

双子にも関わる話なので、彼女たちがどう思うかに興味がある。

ココとミアの頬がピンク色になり、ほぁぁぁぁっと輝いた。

「ほんと!?ほんとに!?うれしい!!!」

とココが叫び

「おにあいよ!!!あたしたち、ほんとうのかぞくになれるのね!!!」

とミアも叫んだ。

(ああ、しまった!ぬか喜び・・・)

と後悔したエステルだったが、双子がこんなに喜んでくれるなら・・と少し心が動いた。

あくまで彼女の主軸は双子なのである。

「ま、待って。まだ決まったわけじゃないの。その・・・どうなるか分からないから・・・」

モゴモゴと口ごもると双子はじーっとエステルを見つめた。

「ママ?フレデリックのこときらい?」

ココの質問にエステルは慌てて

「もちろん、フレデリック様のことは好きよ。とても感謝してるわ!」

と言う。

「フレデリックはママのことだいすきよ。ママはフレデリックをあいしていないの?」

幼児の容赦ない質問にエステルはしどろもどろだ。

「あ、あいして・・・・。えっと、まだそこまでというか・・・よく分からないというか・・・」

「ママはフレデリックに口づけされてドキドキする?」

「く、くくくちづけ!?私たちはまだそんな・・・」

「まだなんだって・・・」

「ママはおくてだから・・・」

双子がヒソヒソと何かを話し合っている。

「でも、いっしょにいるとドキドキする?」

(ドキドキ・・・はしているような・・・。うん、恋人のふりをしている時はずっとドキドキしてたわ)

赤くなって頷くと、双子は嬉しそうに手を叩いた。

「ママ、そのドキドキがいやなドキドキじゃなかったら、きっとだいじょうぶよ」

ミアの含蓄溢れる言葉にエステルは

(フレデリックに触れられるとドキドキしたけど嫌なものではなかった。大丈夫って・・・大丈夫って・・・どういう意味?!)

と考え込んだ時、マフィンのためにセットしていたタイマーがリーンと音を立てた。

*****

夕食後、フレデリックは昼間作ったマフィンを美味しそうに食べながら、その日の女王との会談内容をエステルに報告していた。

女王は六年前のロランの婚約破棄に責任を感じ、またリオンヌ公爵家の対応にも腹を立てていたので、エステルを見つけたら養女に迎えるつもりだったという。

王太女については現状エステルが一番適任であるという考えを変える気はない。

ただし、もっと相応しい候補が現れれば後継ぎの変更もやぶさかではない。

意外なことに元王太子ロランは脱走する前、辺境の過酷な生活に耐え自己を研鑽し、軍の中で飛び抜けた活躍をしていると辺境司令官から報告を受けていたそうだ。

女王は当初十年と言っていたが、そろそろ軍役から王都に戻しても良いかもしれないと思った頃にロランが勝手に逃げ出した、と今でも落胆している様子だという。

真面目な顔で理路整然と説明するフレデリックの顔を見て、

(この人に恋しない女はいるのかしら?)

とエステルは思う。

若く美しいだけでなく頭も良い。

すらりとした長身に厚みのある身体は鍛え抜かれたものであることが分かるし、剣術は本職の騎士よりも強いと聞いている。

長い睫毛に縁取られた灰色がかった蒼い瞳に見つめられるとそのまま吸い込まれそうな気がするし、すっと通った鼻梁に男らしい顎と喉仏のラインはどんな女性も魅了できるだろう。

私だけに見せるちょっと拗ねた横顔も悪戯っぽい表情も子犬みたいな笑顔も、すべてが魅力的だ。

ジョゼフに『恋しているわけじゃない』と言われてから、エステルはずっと悩んでいる。

(私はフレデリック様をとても魅力的だと思っているし、感謝し尊敬している。これは恋ではないのかしら・・・?)

エステルは前世の夫のことを思い出した。

彼女は十歳も年の離れた男の元に後妻として嫁いだ。

前妻は何年も前に病気で亡くなったと聞いた。

夫は真面目で優しく彼女を大切にしてくれた、と思う。

『妹のように可愛い』

と言われたこともある。

でも・・・

『女として愛してる』

とは一度も言われたことがなかった。

彼と結婚する時、一つだけ言われたことがある。

『亡き妻の命日だけは一人にして欲しい。妻の墓参りに行きたいんだ』

どこにでも一緒に連れて行ってくれた夫は、前妻の墓にだけは決して連れて行ってくれなかった・・・・。

夫は生涯、亡くなった妻を忘れたことはなかったのだろう。

仕方のないことだった。

平穏な人生を送ることができ夫には感謝している。

しかし、前世でも女として愛された経験がなかったエステルには、いまだに恋愛がどういうものか分からない。

フレデリックと一緒に過ごして、ドキドキしたり、慌てたり、動揺したり・・・という感情の揺れは前世の夫と居る時には経験したことがなかった。

『そのドキドキがいやなドキドキじゃなかったら、きっとだいじょうぶよ』

ミアが言ったことは正しいのかもしれない。

フレデリックに触れられて嫌だと感じたことはなかったし、胸のどきどきも決して悪いものではなかった。

(恋人のふりをしていた時みたいにまた近づきたい)

決して口には出せないことを考えてしまい、顔が赤くなったエステルをフレデリックは不審そうに見つめた。


続きはこちらからどうぞ(*^-^*)
悪役令嬢はシングルマザーになりました (25) 甘くて重い・・・|千の波 (note.com)

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