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「human doing」ではなく「human being」

コロナ禍となってから、「幸せ」ということについて考える機会が増えている。屋久島に家族で引っ越してきたのもその一環。なんだかんだ来月には東京生活に戻るのだが、我が家族にとってかけがえのない1年になったことは確実。過去のことや将来のことを一旦でも忘れて、今を全力で楽しむというスタイルは昔の自分だったら出来なかっただろう。

最近よく「ウェルビーイング」「well-being」という言葉を聞くようになってきた。もちろんそれまでも言われていた言葉だろうが、よく耳に入ってくるようになったのは、自分自身が幸せについて考えることが増えていたからだと思う。

「むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました」はとても参考になる書籍。(kindle unlimitedでも読めます)

「◯◯する」「◯◯になる」だけに価値がある世界ではなく、「ただそこにいる」だけでも価値が認められるような世界になれば、きっと多くの人が生きやすくなる。言い換えれば、今の時代は「human being」として生きているだけでは不十分で、「human doing」何かをしないと価値がないという思われる社会になってしまっている。というような内容が印象的。

東京に戻っても、何かに必要以上に追い立てられることなく、自分のペースで「幸せ」な生活ができたら良いなと考えている。今更だが、もっともっとリラックスするというか肩の力を抜くというか。まちがっても、「human doing」にならないように。

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