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ショートストーリー劇場〜木曜日の恋人〜㊲ 『カタカナ、アクセサリーをする男、ジャヤプラ』

 ナツとアキはテイクアウトしたコーヒーを片手に、ぶらぶらと湾曲した海岸沿いの道を歩いていた。

ナツ「アキはコーヒーなににしたの?」

アキ「グァテマラ」

ナツ「ガテマラ?」

アキ「ノンノンノン、グァテマラ」

ナツ「どっちも一緒でしょ?」

アキ「いやいや、ガテマラとグァテマラは違います。グアテマラもね」

ナツ「へえ、そうですか。マンデリンとマンドリンは?」

アキ「それはそもそも意味が違う。マンデリンはコーヒー豆、マンドリンは楽器」

ナツ「あ、そっか」

アキ「わたしね、いつかカタカナ統一協会を作ろうと思うの」

ナツ「カタカナ統一協会?」

アキ「そう。グァテマラも一つに統一しなきゃだし、デビッドなのかデイヴィッドとか、そういうのを全部統一するの。わたしが会長やるからナツは副会長にしてあげる」

ナツ「会長、わたしにはサイゼリヤなのかサイゼリアなのかも分かりません」

アキ「大丈夫。これからそういうのを全部統一していきますから。カナリアなのか、カナリヤなのか。ダイヤモンドなのかダイアモンドなのか」

ナツ「ところでさ、そのグァテマラを淹れてくれた男の子の店員さん見た?」

アキ「見たよ」

ナツ「結構イケてなかった?」

アキ「ううん、わたしはタイプじゃないかな」

ナツ「そう?」

アキ「うん。わたしね、アクセサリーをつける男ってどうも信用出来ないんだよね」

ナツ「え、アクセサリーしてたっけ?」

アキ「してたよ、ネックレスと指輪」

ナツ「そうだっけ? ……なんで?」

アキ「知らないよ」

ナツ「ああ、いやいや、そうじゃなくて、なんでアクセサリーをした男の人を信用出来ないの?」

アキ「ああ。なんでかなあ。本能?」

ナツ「本能」

アキ「なんというかさ、アクセサリーって女にとってと男にとっては違うものでしょ?」

ナツ「そうかなあ」

アキ「そうだよ。女にとってはさ、アクセサリーって装飾品だけど、男にとっては、うーん、なんていうか、生き方だったり、ポリシーを表す意思表示って感じしない?」

ナツ「意思表示ねえ」

アキ「うん、そう。だからね、そういうのって、生き様で見せてほしいのよね。美味しいコーヒーを淹れられる、ってことだけで十分なのに」

ナツ「男の人はみんなそこまで考えてアクセサリーつけてないと思うよ。ただなんとなくさ、お、これかっこいいじゃん、って選んでつけてるだけでしょ」

アキ「そういう軽薄なのはもっと嫌かも」

ナツ「それくらいの人の方がいいよ~」

アキ「ふうん」

ナツ「あ、そこから海に出られそうじゃない? 行ってみよう」

 建物と建物の間を走る小道を見つけ、そこを通って浜辺にやって来た二人は、海を眺めながら、しばらく黙ってコーヒーを飲んだ。

アキ「海ってさ、なんでこんなに落ち着くんだろうね」

ナツ「へえ、山梨出身でもそう思うんだ」

アキ「(ちょっとムッとして)思うよ」

ナツ「やっぱりさ、生命は海から生まれたからじゃない?」

アキ「かなあ」

ナツ「この海をずーーーーっと真っ直ぐ行くとさ、どこに着くんだろう? オーストラリア?」

アキ「どれどれ、調べてみよう。ええと、うん、オーストラリアに着くね。あ、でもその前にインドネシアのジャヤプラって街を通過するね」

ナツ「ジャヤプラ」

アキ「うん、ジャヤプラ」

ナツ「どんな街なんだろう」

アキ「どれどれ、調べてあげましょう」

ナツ「待って! 電話をしまって。想像するの。ジャヤプラがどんな街か」

アキ「う~ん」

 ナツは目をつむって、アキは空を見上げて、それぞれ遠い異国の地を思い描いた。

 空ではトンビが、二人がなにか食べ物を手にしないかと、ゆるやかに旋回していた。

ナツ「いまごろジャヤプラの海辺でさ、インドネシア人の二人組が海を見ていて、この海の先はどこだろう、うむ、そうか、ニホンのズシって所らしいぞって会話してるかもね」

アキ「ないとは限らないね」

ナツ「そういうのってなんか安心するな」

アキ「安心、ねえ。ちょっと分かる気がする」

ナツ「本当?」

アキ「うん」

ナツ「(笑いだす)」

アキ「なに、どうしたの?」

ナツ「いや、わたしたちさっきからどうでもいい会話ばっかしてるな、って」

アキ「最高じゃん」

ナツ「そう?」

アキ「そうだよ。だってさ、世の中みんな物事に意味だとか意義だとか、効率だとかパフォーマンスだとか求めすぎ。こういうどーでもいい会話にこそ、その人の人間性が出るもんだよ」

ナツ「たしかに」

アキ「楽しくどうでもいい会話ができるわたしみたいな友達をさ、大事にした方がいいよ~」

ナツ「そうする」

アキ「で、どう? ちょっとは気持ちが落ち着いた?」

ナツ「え?」

アキ「なんかあったんでしょ?」

ナツ「なんで分かるの?」

アキ「いや、だってほら、ナツが「海行こう」ってわたしを誘う時ってさ、いっつもなんかあった時じゃん」

ナツ「さっすがあ。お見通しですねえ」

アキ「十年も付き合えばそれくらい分かりますよ」

ナツ「はは。うん、楽になった」

 ナツは鞄からノートとペンを取り出した。空白のページに今日の日付とこんな言葉を書き記した。

『カタカナ、アクセサリーをする男、ジャヤプラ』

アキ「なにそれ?」

ナツ「これだけ書いておけばね、あとで読んだ時に、今日アキとどんな話をしたか、大体思い出せるの。ま、日記みたいなものだね」

アキ「へえ。わたしなら来週にそれ見てもなんのことだか、ってなっちゃうわ」

ナツ「ねえ、いつかさ」

アキ「ん?」

ナツ「いつか、わたしがこのノートを開いてこの言葉を見て、今日のことを思い出したらさ、その時一緒にジャヤプラに行ってみない? それで向こうの海からこっちを見てみるの」

アキ「中々面白いことを言うね。いいよ、そうしよう」

ナツ「ありがとう」

 空になった紙のコーヒーカップを手にしたまま、ナツとアキは、水平線の上を滑っていく小さな貨物船が見えなくなるまで海を見ていた。



・曲 PUFFY「海へと」


SKYWAVE FMで毎週木曜日23時より放送中の番組「Dream Night」内で不定期連載中の「木曜日の恋人」というコーナーで、パーソナリティの東別府夢さんが朗読してくれたおはなしです。
上記は4月13日放送回の朗読原稿です。

先週から引き続きゲストとして出演されました佐々倉なかさんとお二人で朗読していただきました。
お二人で、ということでいつもとは違い、文章作品というよりはラジオドラマ風に書いてみました。
いつか機会があればお二人に出演してもらい、これをこのまま脚本として、短編映画にしたいな、と思っております。

朗読動画も公開中です。よろしくお願いします。


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